■感想など■

2012年02月14日

【ボクキミ】16

■■【16】■■

 朝の登校風景というのは、どこの学校でもさほど変わりはない。
 同じ制服を着たティーンの少年少女が同じ方向に向かって、ある者は一人で、ある者は気の合う仲間と、またある者は仲の良い異性とひたすら歩を進めている。
 ただ他の学校と若干違うところがあるとすれば、最近は少子化のため子供の絶対数が少なく、統廃合を行うことになる学校も珍しくないが、哉汰の通う学校は近隣でも比較的生徒数の多い学校だということだろうか。1クラス平均40人でA〜Kまで11クラスあり、1学年に平均440人の全校生徒数は優に1300人を超える。
 大型の都市部ならばともかく、地方の高校でこの規模はいわゆるマンモス校の一つに数えてもいいほどだ。そのため、同学年でありながら顔も名前も知らない生徒もざらだった。
 そんな、大勢の生徒が川を流れる水のように歩道を途切れなく歩いていく月曜日の登校風景の中に、複雑な表情をした哉汰の姿があった。
『ユウ……どうしたんだ?』
 土日は結局、優也からの連絡は一度も無かった。
 もちろん、優也には哉汰への連絡義務は無いし、無ければ無いでケガレの発生を確認する事無く休日を終えたという事なのだから、本当であれば十分喜ぶべき事なのだろうが、哉汰はハッキリと落胆している自分を感じていた。

 ──「キス」と「乳吸い」。

 それを期待していた自分を自覚してしまうのだ。
 もちろん、ただそれだけではなく、どこか胸がざわついてもいた。いわゆる虫の知らせというやつだ。
 昨日は就寝前にメールで連絡してみたが、今朝になっても返信は無く、それがまた哉汰を、どこかもやもやとした気分にさせる一因にもなっていたのだった。

 優也は親友だ。

 それは変わらない。

 だが、ユウとの魔力補給も哉汰の中では既に張りのある日々を送る上での重要なファクターになっていた。
 ユウとケガレの闘いを間近で見た、あの水曜日の深夜。
 人気の無い住宅街の中にある、ひっそりとした児童公園の遊戯施設の中で、絡み合うようにして抱き合い、キスし、あの素晴らしくも圧倒的なおっぱいに溺れつつも自由にしゃぶり立てた日の事を思う。
 狭さを理由に体を密着させ、すっかり唇に馴染んだピンクの乳首を思うさま吸い、嘗め、そして甘噛みした。
 そこにはもう「男である親友と背徳的な行為に没頭している」という意識は無かった。事実がどうであれ、その頃にはもう、哉汰の中では「優也」と「ユウ」という存在が完全に剥離してしまってたのだ。
 いや、もしくは「優也」が「ユウ」と同一の存在であるということを、逆に違和感無く受け入れてしまった……という事なのかもしれなかった。

 ──金曜日の、商店街を外れた道で見た幻覚。

 目の前の優也が何の前触れもなくウィッチ・ユウに見えたのも、その顕(あらわ)れなのかもしれない。
「おはよう!」
 校門をくぐり、無駄に元気溌剌な挨拶を強制する生徒指導の男性教師へ会釈を返しながら、一列に並んだ風紀委員の前を通り過ぎる。
 ふとその人垣の向こう、クラブハウスの陰に消えゆく、見慣れた後ろ姿を見た気がして、哉汰は足を止めた。
『ユウ?』
 隣に誰かいるみたいだが、よく見えない。
 そうこうするうちに後ろから誰かに押され、哉汰はそれを確かめる事も出来ないまま、人波に流されるようにして昇降口へと入っていった。

§         §         §


 ウィッチのパートナーは「恋人」でも「愛人」でもない。
 優也の話によれば、過去の事例を鑑みても、時にそうである場合も多くあるが、だからと言って必ずしもそうあるべきというわけでもないのだという。
 特に“ウィッチ・ユウ”は特殊だ。
 普段は男で、ウィッチとして活動する間だけ女になる。
 これも優也の言葉によると、可逆的な性別転換を起こすウィッチなど、過去にも珍しい事例なのだそうだ。
 そして、だからこそ哉汰は“ウィッチ・ユウ”が優也へと戻る際に必要な魔力を供給するために、そのためだけにパートナーとなっており、「恋人」になるのはもちろん、そもそも恋愛対象として「彼女」を見る事すら、本来であれば不自然なことなのである。

 なぜなら哉汰はノーマルで、普通に女の子が好きだからだ。

 そして、優也もノーマルで、普通に女の子が好きだからだ。

 だからこそ、この二人の間で、正常な恋愛感情など生まれようがないのである。
『……これは絶対……だよなぁ』
 そう思いながら教室に入り、哉汰はまばらに埋まっている席へと視線を巡らせる。
 優也の席に人影は無い。
 まだ園芸部の朝の活動から帰っていないのだろうか。
 そう思いつつ机の横を見ると、登校していればいつもは掛けてある鞄が無かった。
「あれ? ユウって来てないのか?」
「ん? ああ、朋坂くんなら今日、体調不良で欠席なんだって」
 思わず口をついて出た疑問に、クラス委員の富田祥子が通りがかりに教えてくれた。
 セミロングの髪を後頭部で簡単にまとめ、飾り気のないバレッタでおさえてある。成績は優秀だが見目も立ち居振る舞いも地味なので、クラスの男子からは「地味子」で通っている女の子だった。そのバレッタも、おばあちゃんのお下がりだと話しているのを聞いた事があった。
「体調不良?」
「金丸くんが曾根崎先生に聞いたみたいよ?」
「ソネちゃんに?」
 哉汰の脳裏に、婚活に魂を燃やしているアラサーな担任教師の顔が浮かんだ。
「昨日の合コンが大撃沈で、先生の方が色んな意味でどん底だったみたいだけど」
 そう言うと祥子は「ふふふ」と含み笑いを残し、スカートを翻(ひるがえ)した。
『教師が合コン三昧ってどうよ?』
 自分の席へ向かった祥子を見送り、哉汰は椅子の背もたれに身を預け深く息を吐いた。
『しっかしおかしいな、さっきのは確かにユウだったはずなのに……』
 やはり見間違いだったのだろうか。
 土日からずっと、ユウの事ばかり考えていたから?
「まさかな」
「何がまさか?」
「うわっ」
 耳元で不意に声がして、哉汰は思わず椅子から腰を浮かせた。
「よう!」
「……出たな残念イケメン」
「誰が残念だ」
「オマエだオマエ。驚かせるなばかたれ」
「ひでーな。勝手に驚いといてそりゃねーだろ」
 哉汰の目の前には、長身で体格の良い青年が身を屈めて立っていた。顔付きはやけに整っていて、それでいて人懐っこい表情が良く似合っている。軽くブリーチした短めの髪はサラサラで良く手入れされていた。
 首にかけているヘッドフォンは、なんとかという海外メーカーの有名なブランド品らしいのだが、その手の製品に興味の無い哉汰にはよくわからない。
「カナケンか。一週間ぶりだな。もういいのか?」
「何が?」
「インフルエンザをこじらせたんだろ?」
「あ? ああー……そうか。そういう話にしてあったんだっけ」
 哉汰の隣の机の天板に腰掛け、ズボンのポケットに手を突っ込んで笑った彼は、それだけで雑誌のモデルか某ジャニ系の若手アイドルにも見えなくもない。見た目に惑わされた女生徒も多く、気さくで人付き合いも良いから、男子生徒にも人気があった。それでいて決して嫌みにならないのは、ひとえに彼の人徳と言えるかもしれない。
 ただ、ある一点において女生徒からは「残念イケメン」と呼ばれる事も少なくなかった。
「はあ? どういうことだ?」
「お前、俺が今どきの流行性感冒なんかにやられるとでも、本気で思ってんのかよ」
「あ〜……わりぃ。そういえば古来から日本に伝わる有り難い格言にも『なんとか風邪を引かない』っていうもんな」
「そうそう。魔女オタは風邪引かない……って、誰が魔女オタだよ! 正解っ!!」
「いやそこは『馬鹿』だろ。しかも肯定かよ! ……で? 風邪をこじらせて欠席じゃないとすれば……やっぱアレか?」
「アレだ」
「アレか……今度はどこだよ」
「よくぞ聞いてくれました! 今回は愛知県の南知多町ってとこに行ってきた!」
「愛知……って、どこまで行ってんだオマエ!?」
「海沿いの町で魚が旨かった!」
「聞いてねぇよ。それで? 成果は?」
「魚が旨かった!」
「……ゼロか」
 この「カナケン」こと「金丸賢也(かなまるけんや)」という青年は、哉汰がこの高校を受験する時からの腐れ縁で、悪友とでも言う存在だった。受験用に充てられた教室で隣同士になった哉汰は、席に着くなり「ウィッチ見たことある?」という言葉を投げかけられて緊張しているのが馬鹿らしくなった記憶がある。
 そう。
 自らを「魔女オタ」と評する彼は、魔女=ウィッチの目撃情報収集サイトを運営までしている、クラスでも……いや、学年でも有名な“ウィッチマニア”だった。
「ちくしょーっ!! 今度こそマジかと思ったんだけどなー! 魚は旨かったけど!!」
「それはもういいって」
 本気で悔しがっている彼は、首にかけているヘッドフォンで聞いている曲も、古今東西の魔女っ子アニメの主題歌という徹底ぶりだ。
 ただ、普通のアニメオタクと違うのは、彼がアニメで興味を持っているのが魔女っ子……女の子が不思議な力で変身するアニメだけ……ということだろうか。
 とはいえ、彼は決してロリコンではない。
 魔女少女と共に変身ヒロインもが守備範囲内であり、親から与えられた彼の住むマンションには、「白黒時代の元祖魔女っ子」から、「巨乳アンドロイドな変身ヒロイン」や、「陸と海のピンク髪プリンセス」「夢の国の魔法アイドル」「花の国の放浪魔法少女」、つい最近の「戦う多人数魔法少女」、果ては例外として海外ドラマの「奥様魔女」まで、魔女をモチーフとしたほとんど全ての作品のDVDや漫画、小説が所蔵された部屋があるという噂だった。

 まさしく「残念イケメン」の名に恥じぬマニアっぷりである。

 しかも高校生には分不相応なほどの良い物を身に付け、魔女の目撃情報に飛びついて学校を仮病で休み、即座に現地へ飛んで行ってもほとんど問題視されない。
 学校に多額の寄付をし、校長にも顔の利く、町でもそこそこ有名な資産家の一人息子だからこその自由度だと言えた。
「……まあ、全くの無駄骨ってわけじゃないんだけどな」
「ん? うおっ!?」
 ぐいっと首を抱え込まれ、真面目な表情の端正な顔が間近に迫る。
「知ってるか? この街にもウィッチがいるらしいぞ」
「!? ……本当なのか?」
 哉汰の言葉に、カナケンはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 俗に「霊感」と呼ばれる感応力を持つ者の中には、ウィッチの存在を関知し意識的に認識力を高めることで、ウィッチが魔石などで張り巡らせる不可視化の魔法障壁を無効化(キャンセル)出来てしまう者達もいる。
 そういう者達は得てして感受性が異様に高かったり、そのために社会適合率が低かったりで、その目撃証言の信憑性が疑問視される事も多いが、ウィッチの身辺を常に警戒しているウルフにとって問題視される事も少なくはない。なにせ、UFOやUMAと違って、『7月のホリー』を経験した人類にとって、ウィッチの存在は絵空事などではなく純然たる事実なのだから、現代において、魔女の目撃証言を全て偽証だと言い切る事は既に不可能なのである。
 そしてカナケンが運営するウィッチの目撃情報サイト「クロウ=アイズ(邦題:黒烏の目)」には、その手の好事家が様々な情報を日々アップロードしている。
 哉汰も一度アクセスしてみた事があるが、虚実入り乱れた雑多な目撃情報から自作小説、果てはイラストコーナーまで(中にはロリっ子魔女見習いを集団で拉致監禁強姦凌辱(キャッチ&レイプ)する18禁でアレでアブナイ、痛漫画なんてのも)あって散雑なソースが氾濫し、まさにカオス状態になっていた事を覚えている。
 素人目には玉石混淆どころか一片の真実も無いようにしか見えなかったが、カナケンはその道を熟知したマニア特有の特殊な嗅覚でもって、そこに寄せられる書き込みから有用な情報を集め、時には今回のように自ら足を運んでまでウィッチを求めているのだった。
 もっとも、ほとんどの情報は箸にも棒にもかからないゴミみたいなもので、今回のように空振りしてばかりなのだが。

 ──何が彼をそこまで駆り立てるのか。

 さすがの哉汰もそこまではわからないが、それは世のUFO研究家や超常現象研究家にその目的理由を尋ねるくらい不毛な事だろうとは思っているから、今まであえて聞くこともなかった。

 ……で、聞いてみた。

「なあ、なんでそこまでウィッチを見たいんだ?」
「なんで? 魔女っ子は男のロマンじゃね?!」

 「オマエ、馬鹿じゃね?」とでも言ってるような目付きだった。


 ──後悔した。


この記事へのコメント
変な誤植発見
顔もナマエモ名前も知らない
Posted by 青玉 at 2012年02月18日 21:31
 ありがとうございます。
 修正いたしました。
Posted by 推力 at 2012年02月20日 00:17
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