■感想など■

2012年06月04日

【ボクキミ】44

■■【44】■■

 翌日の大晦日の街は、朝から騒然としていた。
 繁華街にある廃業して久しいカラオケボックスと、雑居ビル地下のクラブから、少なくとも併せて20人前後の変死体が発見されたのだ。
 遺体は全て男性で、ほとんどの遺体は衣服を着用しておらず体表面の腐敗がかなり進んでいた。また、争った形跡も無かったことから、警察は事件と事故の両方から捜査を始めたようだった。
 哉汰が8時に起きて階下に下りた時、リビングで母が見ていたテレビのニュースでは、既にそのカラオケボックスとクラブの周囲半径十数メートルが警察によって封鎖されており、関係者以外誰も立ち入ることが出来ないと報道されていた。
 また、番組コメンテーターによると、公表はされていないが、当局は毒物や細菌によるテロも警戒しているのではないか、とも言われていた。
 いつも使用しているネットカフェは、そのカラオケボックスのあるビルの隣にある。
 哉汰は呆然とした顔で、母の「今日は外出禁止」という言葉を聞いていた。

 ほとんど食事というものを摂らず、朝から晩まで「勉強」と称してどこかに消える息子に業を煮やしたのか、母にケータイを止められていた。
 ケータイの契約者である保護者の意向であれば、使用者の意思とは関係なくその使用が止められるのか。
 哉汰はそれを初めて知った。
 これでは、もし優也から連絡があっても出る事が出来ない。
 思わず激昂して母に暴力的な言葉を浴びせた哉汰は、久しぶりに見た父に殴られた。数年ぶりだった。前に殴られたのは小学校の5年生の時だったかもしれない。
 食事も摂らず、体力が衰え、不健康極まりない生活を繰り返していたツケなのか、父に対抗する事が出来なかった。
 仕事納めを迎え、正月休みで自宅に父がいた事にも気付かなかった自分に少なからず驚いたが、それよりもポケットの財布を没収された事の方がショックだった。
 財布には金だけでなく、ネットカフェの会員証やキャッシュカードなども入っていたからだ。
 それでも家を出ようとする哉汰を、母が泣いて止めた。
 気の強い母が泣くなど、今までほとんど見た事がない哉汰にとって、母の涙は最悪な鎖だった。
 卑怯だと思った。
 でも、どうしようもなかった。
 これが、「誰かを護れる男」には程遠い、ただの子供でしかない自分の限界なのか。
 そう思うと、虚無感だけが胸に満ちた。

 やがて夜のニュースで、総勢21人の男達の遺体から、司法解剖により死因が判明した、と報道された。
 死因は心臓麻痺。
 死亡した21人全ての男性が、心臓麻痺……つまり循環器疾患による「突然死」と判断された。
 だが発見された時、その腐敗した様子と表面の水分量などから、少なくとも死後十日は経っていると思われた遺体が、奇妙なことに、解剖の結果、内臓はどれもまるでついさっき死んだような新鮮さだったのだという。
 だからこそ死因が心臓麻痺だとわかったのだが、その様相は、まさしく「変死体」だった。
 普通ではない、異常な事態だった。
 非日常が日常を浸食し始めている。
 ユウがいなくなった事で、ケガレと闘う者がいなくなり、被害が誰の目にもわかる規模で拡大し始めたのかもしれない。
 そう、哉汰は思い、その事実に背筋が震えた。

§         §         §


 にも関わらず、時に日常は本人の意思とは無関係に進行してゆく。
 正月から3日まで、哉汰は父と母に引きずられるようにして親戚や知人の年始回りをしていた。
 本当は優也を、ユウを探したかった。

 ──こんな事をしている場合ではない。

 そんな思いがどうしても頭から抜けなかった。
 でも「正月の三日間だけは大人しく言うことを聞けばケータイの使用禁止も解除し、財布も返してやる」と言われれば、それに従うしかないと自分を無理矢理納得させた。

 そして正月三が日が過ぎ、繁華街の一部区画の封鎖がようやく解除されたのは、4日の事だった。
 もちろん、その間、なんとか他のパソコン(親類や知人のパソコン)からあのサイトにアクセス出来ないかと試してみたが、全て徒労に終わっていたのだ。
 4日ぶりにネットカフェに行き、あのサイトにアクセスすると、画像ページが増えていた。
 最後に見たのは12月19日、終業式前日のページだった。
 それが31日までページがあった。
 新たに12日分、増えている。
 哉汰は迷わず、現時点で最後である31日のリンクをクリックした。だが、ジャンプしないばかりか、オリジナルのエラーページが表示された。
 30日のリンクも同様だった。
 だが、20日のリンクはジャンプした。
 22日はジャンプしなかったが、21日のページを一度開いてから22日をクリックすると、今度は何の問題も無くページが開いた。
 どういう仕組みになっているのか、新規追加されたページは、20日から順番に閲覧していかないと開けないようになっているらしい。
 哉汰は覚悟を決め、制作者の意図する通りに進めることにした。

 20日といえば終業式であり、夕方からこのネットカフェで優也(ユウ)の情報を集め始めた日だった。その日から、日を追うごとにウィッチ・ユウの髪は、ますます濃く、そして昏くなっていった。
 壊され、刻まれ、引き裂かれて踏みつけられたユウの心。
 汚濁にまみれて真っ白だった心は様々な色の混じり会う昏い混沌へと変わった。
 体は穢されたが心は穢されていない。
 そう信じていた、いや、信じたかった哉汰は、ユウの目がもう死んでいるのを見て、枯れたと思っていた涙が再び頬を流れたことを知った。
 ユウの目。
 そうだ。今まで隠されていたユウの目元が、20日からは何の意味が、どんな意図があるのか知らないが、全ての画像で処理が施されていなかった。
 ぼかしも、モザイクも、黒線さえも無い。
 だから、あの青みがかった不思議な色合いの瞳が、何にも遮られる事無く、虚ろなまま写り込んでいた。
 「目が死んでいる」という言葉の意味を、哉汰は生まれて初めて本当の意味で知った気がした。
「……う……ううっ……ユウ……ユウ……」
 画面が滲む。
 涙で曇る。
 何度手で拭ってもぼたぼたと滴は溢れ出た。

 ──ユウを地獄に落としたのは自分だ。

 どう償えばいいのだろう。
 どう購えばいいのだろう。
 贖罪の方法をいくら考えても、鈍感で馬鹿な自分の頭に思い浮かぶのは、たった一つだけだった。

§         §         §


 20日のユウは、昼間から「便所女」の格好で街を男と徘徊していた。「連れ回されていた」と言った方がいいかもしれない。
 一見デート風のスナップだが、画像の所々に決してそうではない部分が見え隠れしていた。
 たとえばそれは、公園で何気なく撮られた写真に見えた。ベンチに座った「便所女」を横から捉えている。額に汗を浮かべた彼女は引きつったような笑みを唇に刻み、こちらを見ていた。だが写真の隅には、MAX状態の何かのコントローラーを握った左手が写っている。
 たとえばそれは、ファミレスで何気なく撮られた写真に見えた。メニューを開く「便所女」を横から捉えている。彼女はメニューを一心に見て選んでいるように見えるが、その頬は火照ったように赤らんでいた。写真の下の方では男の左手が、彼女の服の下で巨大な椰子の実乳房を、まるでもぎ取ろうとでもするかのように、強く握り締めていた。
 たとえばそれは、林の中の遊歩道で何気なく撮られた写真に見えた。階段に座ってこちらを見る「便所女」を正面から捉えている。彼女は“とろん”とした笑みを浮かべ、ぽってりとした唇の間からピンクの舌を覗かせていた。その唇の端から、白く濁った粘液が顎まで垂れ落ちていた。
 たとえばそれは、駅構内で何気なく撮られた写真に見えた。少し離れた場所に立ってこちらを見る「便所女」を、斜めから捉えている。彼女は無表情のまま人波に目をやり、佇んでいた。だが服を首元まで捲り上げ、その見事に実った巨大乳房を道歩く人々の目に晒していた。驚き、蔑み、好奇、怒り、嫌悪……様々な視線が、彼女とその乳房に注がれていた。

 21日、水曜日のユウは、公園で複数の男達とセックスを繰り返していた。
 広場で遊ぶ子供達が遠くに見える雑木林で、木に押しつけられるように。
 公衆便所の汚れた個室で、貯水漕に両手を付いて後ろから。
 いつ人が通るかもしれないベンチで、座った男の股間に跨って。
 また同じベンチで、別の男には両膝を抱え上げられ対面で覆い被さるようにして貫かれていた。
 池の畔の柵に両手をついて、後ろから男に抱かれている、一見仲睦まじい恋人同士のような写真も、おそらく男に後ろから挿入されているのだろう。
 遊歩道の東屋を少し離れた場所から捉えた写真では、座った男の上でこちらを向いて貫かれている姿が写っていた。捲り上げられた服からこぼれた巨大椰子の実乳房は縦横に跳ね回りブレていて、大きく開かされた股間では男の太いモノが根本まで埋め込まれていた。
 その中で、ベンチで男と繋がっている画像には見覚えがあった。
 いつかカナケンが送ってきた画像と、場所もベンチもそっくりだった。カナケンは、この現場を目撃していたのだ。

 哉汰はパソコンをスリープにすると、ドリンクスペースでカナケンのケータイにコールした。
 カナケンは、いつかと同じく体感ゲームの真っ最中だったらしく、息も荒く、そして周囲のざわめきや電子音で聞き取り辛かった。
 哉汰はウィッチ・ユウの事は伏せて、いつかのあの写真のことを聞いた。
「あの、写真? 公園の? 何だっけ?」
「ベンチで、例の黒サングラスの……へ、ん態女の事だよ」
 『変態女』という言葉が、上手く言葉にならなかった。
「あぁー……あれ、ね。はっ……はっ……ああ、ぐーぜんって、こわいよな」
「……あの時、女とヤってた男って、どんな奴だった?」
 哉汰は深呼吸をして気を落ち着かせると、声が震えないように、動揺が出ないように、ゆっくりとそう言った。
「どんなっ……はっ…はっ…はっ…やつ、って?」
 カナケンの荒い息遣いが鬱陶しい。人と話している間くらい、ゲームをやめればいいのに。
 そう思いながら哉汰は男の特長や、他の画像でユウとセックスしていた男達の格好をカナケンに伝えた。
「よ、よく、覚えてねーなぁ……な、何しろ突然、だったし、目の前で、セックス、見るの、初めてだったからな」
 そう言って、カナケンは何が可笑しいのか、ゲラゲラと声を上げて笑った。
 こいつは、こんな奴だったか?
 こんな風に、不快な笑いを平気でするような奴だったか?
 心がザラついて、これ以上彼と話してても無駄だと思い、哉汰は「そういえば」とさりげなさを装ってウィッチの情報が何か無いか尋ねてみた。
 が、カナケンはただ「知らない」と、素っ気なく言った。
 それどころか、
「オレ、最近さ、彼女が、出来たんだよねっ」
「彼女!? ……ウソだろ?」
「ホントっ」
「……あのウィッチ・マニアの残念イケメンのお前が?」
「死なすぞ……でもまあ、彼女って、いいよな」
「……いったい、どんな彼女だ。お前を好きになってくれるなんて」
「失礼だな。可愛い、ぜ……はっ……んっ……こっちの言うこと、何でも聞いてくれるし、何でもさせてくれるし」
 そう嘯き、さらには、もう初エッチもとっくに済ませたこと、男慣れしていなかったのか、仕込んでいくのが滅茶苦茶楽しかったこと、けれど最近はマンネリで、もっと激しいプレイとか考えてることなどを、哉汰が聞いてもいないのに教えてくれた。
 今まで現実の女にまるで興味無かった事が嘘のようだ。
 現実の女に免疫が無かった分だけ、その味を知ると我を忘れてのめり込むとか、エロマンガとかの、その手の話にありがちなアレだろうか。
「……まあ、せいぜい嫌われないようにしろよ。せっかく出来た彼女なんだから」
「大丈夫。彼女、オレに、ゾッコン・ラブ、だからっ」
「はぁ……いつの言葉だ」
「なんか、好きな、男が、いたみたい、だけどよ」
「は? 彼氏持ちだったのかその子?」
 哉汰はぎょっとしてケータイを持ち直した。
 ウィッチおたくで残念イケメンだったのが、他の男の彼女を寝取ったとか、いきなりハードルが高い。
「ちがう、ちがう、好き、だった、けど……はっ…はっ…もういい…ん、だと……はっ…」
「なんだそれ」
「なんか、相手の男が、勘違い、ヤローだった、みたいでな、『君のこと、大事にしたいんだ』だとか、勝手に自己完結、してた、ナルちゃん、だった、らしいぜ」

 ナルちゃん──ナルシストということか。

 哉汰は胸が痛かった。
 それはまるで、自分とユウのようではないか。
 自分はユウとの友情を壊したくなくて、変化してしまうのが怖くて、最後の一線を越える事が出来なかった。
 優也が……いや、ウィッチ・ユウがそれを望んでいるのを知りながら。
 大切にしたいと思うことで、逃げていたのだ。
 もし、ユウの望む通りに、「彼女」を抱いていたら。
 そうしたら、「彼女」を失う事も無かったのかもしれない。
 カナケンには悪いが、哉汰はその「彼女の好きだった男」に対する同情を、どうしても禁じ得なかった。
この記事へのコメント
ちょうど電車内だったので降りた後いちおう『せわしなく首を左右に周りを見渡す、やや勃ち気味の不振な男性』をやっておきました。

>彼女の服の下で巨大な椰子の実乳房を、まるでもぎ取ろうとでもするかのように、


こんなぼうりょくてきなひょうげんではげしくこうふんさせられるとは・・・。
悔しい気持ちは一緒だぞ、哉汰www)
Posted by 6番線から at 2012年06月04日 08:23
カナケンに寝取られたの!?

優也のお母さんはいったい何をしてるのかますます気になります……
Posted by 青玉 at 2012年06月04日 12:21
>6番線から さん
 そこに反応する方がおられるとは……。
 電車の中でエロ文を読むのは、ちょっと危険だと思いますよ(笑)。

>青玉 さん
 優也のお母さんの動向については、後ほどぼちぼちと出てきます。
 今は哉汰視点なので、描写し辛いですね。
Posted by 推力 at 2012年06月05日 20:47
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/55253182

この記事へのトラックバック

★足跡代わりにポチッとしてってくださいな★