■感想など■

2012年06月21日

【ボクキミ】49

■■【49】■■

 翌日、哉汰は学校から呼び出された。
 普通の食事を胃が受け付けなくなってから、ゼリー状の健康補助食品を流し込むだけになった朝食の最中だった。
 そこに、親を通してではなく、哉汰のケータイに直接連絡が入ったのだ。

 ──昨日の件か。

 そう思った。
 もうバレたのか。
 最初はそれしか思い浮かばなかった。
 だが、呼び出したのは生活指導の教師でも学年主任でも担任でも教頭でも無かった。
 哉汰を呼び出したのは、あの数学教師の高階(たかしな)だったのだ。
 だから、これは昨日の夜の、校内への不法侵入&器物破損(園芸部のドアの鍵を壊した)が原因なのではないと、すぐに思った。
 何よりも、明日が三学期の始業式でありながら、その前日に呼び出す理由ではないと感じたからだ。
 自分でも意外だったのは、それを少しも不思議と思わない自分がいたことだ。
 それどころか、全てが符合した。
 欠けていたピース全部が、ピタリとハマった気がした。

 ──高階亮吾(たかしな りょうご)。

 ユウの幼馴染みで、子供の頃はユウを何年もいじめていた男。
 黒い噂は後を絶たず、目を付けた生徒の母親や姉を落として男女の仲に持ち込む事もあるとか。そうして何人もの女性を自宅に連れ込んだとか、教師の立場を利用して構内の不祥事を揉み消したとか。
 あんな冷徹・冷静・冷淡な顔をして、実は無類の女好きだとか。
 女性関係においての怪しい噂は、特に絶えない。
 それに、優也の様子がおかしくなった頃と、高階が顧問教師を務める美化委員の仕事が増えた頃、そしてあのサイトでウィッチ・ユウが男達の嬲りものになった頃と、時期が重なる。
 いつか彼に優也が学校を休んでいる理由を聞かれ、報告通りに「体調不良」と答えたら、「その程度か」と鼻で笑われた事は無かったか?
 あれは「優也の休んでいる理由が単なる体調不良ではない」と知っていたからではないのか?
 ウィッチ・ユウを自分が「捕らえ」て、毎日のように嬲っているからこそではなかったのか?
 だとしたら……。
『ユウは、あの野郎のところにいる……?』

 ──でも、なぜだ?

 なぜ今になって、高階が優也をそんな目に遭わせる?
 そもそもあの男が、ウィッチ・ユウの正体が優也なのだ(優也がウィッチ・ユウへと変身するのだ)と知ったのはいつだ?

 子供の頃から?

 いや、その頃はまだウィッチとしての活動はしていなかったはずだ。

 そもそも、自分の生徒で男である優也を、ウィッチ姿とはいえ、よく性欲の対象として見られるものだ。
 女の姿になってしまえば、その正体が何であろうと関係無いのだろうか?
 あのエロ過ぎる豊満な肉体の前では、本当は男なのだという事実は些細な問題でしか無いのだろうか?
 そこまで考えて、哉汰は自分も“人のことなどとても言えたものではない人間”なのだと思い、肩を落とした。
 自分も優也に……いや、ウィッチ・ユウに良からぬ感情を抱いていた男なのだから。
「……まあ、全ては……行けばわかる……か」
 何か大事な事を見落としているような気もするが、体調がガタガタなせいか、泥水を流し込んだみたいに不明瞭な思考では、それを思い出すのは無理そうだった。
 哉汰は制服に袖を通しかけて思い直し、代わりにパーカーを着込み、ダウンジャケットを手に取った。
 冬休みでも、登校時は制服着用が原則だが、そんなのは知ったことか。
 そして、中学の修学旅行でシャレで購入し、持て余していた木製の「脇差し」(長刀を買うのはさすがに躊躇われたのだ)を二三度振り、ズボンに差してジャケットの下に隠した。
 少し歩きにくいが、何も無いよりはマシだ。
 いざとなったら、これで……。
『高階をぶん殴る?』
 普通にそう思っている自分を自覚して、哉汰は苦笑いを浮かべた。

【大切な人を取り戻すため、諸悪の根元を木刀でぶん殴る】

 まるで頭の悪いヤンキー漫画か、ありきたりな別世界召還系ラノベみたいだ。
 こんなのは「日常」じゃない。
 ユウが護りたかった「日常」なんかじゃない。

 でも今はこれが真実。

 哉汰が越えなければならない「闘い」なのだ。
「ひでー顔だなぁ……」
 ドアの横の壁に掛けてある鏡に目をやった。
 思わず声が漏れた。
 頬がげっそりとこけて顔色も悪い。
 あまり眠れないためか目の下に隈が出来ているのに、全身の神経は興奮状態のままで、やたらと過敏になっている気がする。
 なのに、目だけがやたらとギラギラしていた。
 幕末の人斬りの目は、こんな感じだったのだろうか。
 そんな、埒もない考えさえ浮かんでくる。
「待ってろよ、ユウ」
 きっとこれが、自分の意志で行う、最初の闘いになる。

 そしてこれからは、自分は本当の意味でユウと共に闘ってゆくのだ。

§         §         §


 冬の空は雲が厚く、太陽の明かりが遮られて朝から薄暗い。
 校門をくぐった直後、再び高階から連絡を受けた哉汰は、通話を続けたまま指定された場所を目指した。
「来たぜ」
【では、そのままグラウンドを迂回し、クラブハウス2階端にある男子バレー部の部室まで来て下さい】
「俺に用って、何だよ」
【教師に向かっての口の利き方ではないですね。常日頃から非友好的だとは思っていましたが、そこまで敵意を向けられるとは、いささか心外です】
「そうかよ」
【……君が何を考え、何を覚悟してここに来たのかは理解しているつもりです。でも、それは早計だと言わざるを得ません。もちろん、与えられた情報が少ないことも原因なのでしょうが、そもそも怒りは正常な判断力を失わせます。もう少し落ち着いて下さい】
 冷静過ぎるほど冷静な、上から目線のアドバイスに眩暈がしそうだった。
「……あんたのように、か?」
 事実、怒りを押し殺すのにも限界があった。
 この教師がユウにしたことを思えば、今すぐにでも叩きのめしてやりたくなるのも仕方がない。
【とうとう“あんた”呼ばわりですか……】
 スピーカーの向こうで、高階が溜息を吐くのがわかった。
 哉汰はグラウンドを迂回し、クラブハウスの階段の下に着くとズボンから木刀を引き抜いた。今更ながら、脇差しではなく長刀を買えば良かったと思うが、もう遅い。
 深呼吸を一つすると気だるく重い体で2階へと駆け上がり、一番端の、男子バレー部部室の前で足を止めた。
 ドアノブに手を掛けて回す。
 と、ドアは抵抗も無くあっけなく開いた。
 男子運動部部室特有の、埃と汗の混じった臭気が“むっ”と押し寄せる。
 更衣室も兼ねた部室は、左右にロッカーが並び、正面にはプラスチックとスチールパイプで出来た机とベンチがあった。
 正面の窓からは陽光が差し込んできているが、暖房も入っておらず、空気は冷え冷えとしていた。
「ユウはどこだ」
 果たして、高階は哉汰が部室へと足を踏み入れると、そのベンチから立ち上がってケータイのフリップを閉じた。
「いきなり喧嘩腰とは、どういう」
「ユウはどこだ!」
「……それを知りたいのは私の方です」
「トボケるなよ。あんたがユウをあんな目に……」
「あんな目?」
「あんな……いろんな男達の相手をさせて……お、おかさ……」
 蘇る、哀れなユウの痴態に胸が締め付けられる。
「……そうですか。やはり朋坂くんは……」
 高階は沈痛な面持ちで目を伏せると、深く息を吐いた。
 その様子に、今度こそ哉汰の頭にカッと血が上る。
「白々しいってんだ! あんたがやらせたんだろうがっ!!」
 感情のまま木刀を振り、哉汰は血を吐くような声を上げた。
この記事へのコメント
ふむ……、まるでハリー・ポッターシリーズのスネイプ先生みたいですね。
Posted by 青玉 at 2012年06月21日 00:54
 すみません。
 ポタは映画しか観てないんですよね……しかも中途半端に断片的に。
 スネイプって、あれでしたっけ?髪がラーメンな、陰気で(ポタにだけ)厳しい(ように見える)「黒い人」……?

<調べ中>

 あー……うーん……ここまで「勇敢」な人じゃないかなぁ……高階センセは。
Posted by 推力 at 2012年06月21日 10:36
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