■感想など■

2012年06月25日

【ボクキミ】50

■■【50】■■

 哉汰の激した行動にも、高階は眉一つ動かさず、その開いているのかどうかも怪しい細い目で、彼を注意深く見ていた。
「少し痩せましたか?」
「はあ? ふざけてんのかあんたはぁっ!!」
「精神的均衡を欠いていますね。パートナーとしての適合性、親和性は想像以上のようですが……いや、しかし……」
「……っ!!」
 意味不明な言葉をぶつぶつと呟く高階に、哉汰は心の中がどす黒い何かで塗り潰されてゆくのを感じた。
 目の前が真っ赤になる。
 血流が激しさを増してこめかみが痛んだ。
 眼前の“敵”に向かって一息に駆け寄り、踏み込み、木刀を振り上げる。
 頭を狙った。
 当たれば、木製とはいえただでは済まない。
 良くて脳震盪、当たりが悪ければ頭蓋骨にヒビの一つでも入るだろう。
 それを知った上で力一杯振り下ろした。

 が、外れた。

 横凪ぎに振るう。
 また外れた。
 高階は哉汰の振り回す木刀を、まるで舞うように最小の動きで避けてゆく。
『ちくしょうっ!!』

 体が重い。

 脚がもつれる。

 頭痛が吐き気を呼ぶ。

 思うように体が動かず、息が上がった。

『動け!』

 動け!

 動け!!

 動けッ!!!

 やがて息が切れ、ただでさえ帰宅部でしかないうえ、普段から特に意識して運動などしてもいない哉汰の腕は、体調が滅茶苦茶なこともあってか、たちまち鉛のように重くなっていた。
 それでも哉汰は木刀を振るうのをやめない。
 だが、たいして広くもない部室の中で、高階はロッカーにも机にもぶつからず哉汰のデタラメに宙に描く太刀筋を、確実に避けていた。むしろ哉汰の方がロッカーにぶつかり、椅子に足を取られ、重なる疲労で今にも倒れそうだった。
「ちくしょうっ! ち、ちくしょうっ!!」
 哉汰の足がもつれ、無様に床に転がる。それでも木刀を杖に立ち上がり、高階を目で追った。
「あなたは朋坂くんのパートナーですよね」
「なっ……」
「魔力提供は、やはり……キスですか?」
「!?……あんた……」
 高階は、今、確かに「魔力提供」と言った。
 ユウを、ウィッチを捕らえ、穢し、嬲りものした男。
 だが、そもそも普通の人間にウィッチを捕らえる事など出来るわけがない。
 さらにこの教師は、哉汰がウィッチ・ユウのパートナーであり、魔力提供を行っていると知っている。
 ということは、こいつは……

 ──ウィッチに仇成すケガレの僕(しもべ)。

 なぜ気付かなかったのか。
 どうしてその考えに至らなかったのか。
 そう思えるだけの材料はいくつも眼前にあったのに。
『こいつ……こいつが、ユウの言ってた……サーヴァント……』
 ケガレに取り込まれ、ケガレによる恩恵を受ける事で利益を得る人類の裏切り者。
「そうか……あんたが……」
「……君が何を考えたのか、なんとなくわかります」
「なに?」
「わかりやすいんですよ。素直で、単純で、思考が浅い。愚かと言ってもいい。無知は最悪な罪です。善良かもしれませんが……まあ、だからこそ朋坂くんは、君のような人間を選んだのでしょうね」
「何言ってるんだ、あんた」
「先ほど、君は朋坂くん……ユウが不特定多数の男達に犯された、と言いましたよね? その根拠は何です?」
「あんただろ!? 俺にあの……あのサイトのアドレスを送りつけたのはっ!!」
「サイト……Webですか。……なるほど」
 高階の視線が外れた途端、哉汰は弾けるように飛び出すと木刀を横凪ぎに払った。そのために聞きたくもない口上を聞いてまで時間を稼ぎ、呼吸を整え、機会を伺っていたのだ。
 だが、それを数ミリで躱し、高階は哉汰から距離を取る。
 そして採光窓を背にして陽光を背負い、あの、人を小馬鹿にしたような、唇の端を引き上げた笑みを浮かべた。
「慌てる必要もないでしょう。もう少し話しませんか?」
「何を話すってんだよ」
「君は、そのサイトを見たのですね?」
「ああ」
「どうでした?」
「なに?」
「ユウが複数の男に、ウィッチの姿で犯される姿がアップロードされていたんですね?」
「……そんなこと確認してどうするんだよ」
「興奮しましたか?」
「な……んだと?」
「興奮しましたか?」
「……あんた……」
「魔力提供という大義名分はあるにしても、パートナーが得る快感は並大抵のものではありません。いつしかその気持ちよさに溺れ、魔力を提供するという目的と、最低限の感覚受動態との接触という手段が、いつしか入れ替わっていたのではないですか? つまり、魔力提供のためのキスが、キスのための魔力提供という言い訳に。ユウの唇を味わい、唾液を味わい、舌を味わう、そのために」
 怒りのあまり、哉汰は目眩さえ感じて顔を歪めた。
「ああ、それだと、キスだけで済んだとは思えませんね。二人とも性に歯止めの利かない高校生ですから、ユウのあの見事に膨らんだ豊満な乳房を揉んだり、吸ったりしましたね? オナニーを覚えたての猿のように」
 断定的な物言いは、まるで見てきたような口調だった。
「黙れよ」
「ユウのあの大きな乳房はどうでした? 柔らかかったですか? 大きな乳房は感度が悪いと言いますが、ユウは感じていましたか?」
「黙れ」
「いや、きっとユウの様子など見ている余裕は無かったですよね。君はその……いわゆるおっぱい星人? でしたか? そうらしいですから、夢中になって吸ったのでは?」
「黙れって言ってんだろっ!!」
 カッとなって高階の顔目がけて木刀を投げた哉汰は、次の瞬間、彼が何でもないように、その木刀を二本の指で摘んでいるのを見て息を呑んだ。
 何も、動きは無かった。
 腕を上げた様子も、木刀を受け止めた様子も無い。
 まるで最初から指に摘んでいたかのようだった。
 そして、
「ところで、ユウとセックスはしましたか?」
「!?」
 動けなかった。
 動揺した一瞬で、高階が横に立っていた。
「まだですか。当然ですね。君はユウが何を求めて、何を与え、そして何を護って何を失ったのか、それすらも知らずにのうのうとしていたのですから」
 耳元で高階が嘯(うそぶ)く。

 接近を許したのか?

 いや、俺はちゃんと前を見ていた。

 じゃあなんだ?

 瞬間移動?

 超能力?

 非現実的な現象を目の前に突きつけられて、哉汰は混乱して高階から距離を置くことも出来なかった。
 いや、なによりも、動けなかった。
 動いたらその瞬間に殺される気がした。
 これが殺意か?
 それは、大型の肉食獣を前にしたような気持ちだった。
 全身の毛穴が開いて汗が噴き出し、首の後ろの後れ毛が逆立ったような気がした。
 人間が文明的な生活の中で失いつつある、原始の本能とでも呼べる「危機回避能力」が、最大限にアラートを鳴り響かせている。
「そのユウの唇が、乳房が、性器が、自分ではない男に触れられ、弄ばれ、穢され、奪われる様を、パートナーの君はそのサイトでただぼんやりと眺めていたのですね」


 ──そうだ。


 泣きじゃくり、

 抗い、

 嫌悪に歪んだあの美しい顔が、

 やがて快楽に溺れ、

 汚泥のような行為にまみれて、

 自ら進んで足を開き、

 尻を捧げ、

 腰を振り、

 涙を、

 涎を、

 愛液を垂らしながら、

 ただ、ただ、悦びにむせび泣いていた。


 ──自分ではない、他の男に抱かれながら。


 その様子を、ただぼんやりと眺めていた。
 そうだ。
 ただ、眺めていただけ、だ。
 哉汰は急速に頭が冷え、あまりの胸の苦しみに、背中を丸めて胸元を掴んだ手へと無意識に力を込めていた。
「……ふん。一人前に胸が痛いか? その喪失感、虚無感は、ユウの手を離したお前の愚かな行為の代償と知れ」
 高階の口調が変わっていた。
 丁寧過ぎるほど丁寧で、慇懃無礼ないつもの口調がなりを潜め、どこか超然として不遜な口調になっている。
「まったく……些末なプライドに囚われ大局を見ず、己の真なる役割を理解もせずに、ただ感情的に行動する。お前みたいなガキをパートナーにした優也の見識を疑うよ」
 「君」が「お前」に。
 「朋坂くん」が「優也」へと。
 呼称すら変化している。
「な……ッ!?」
 哉汰が言葉を発する前に“ぐるん”と世界がひっくり返り、何も対応出来ないまま俯せに床へと叩きつけられた。顎を打ち、胸を打ち、肺の空気が残らず出ていく。
 首根っこを引っ掛けられて足払いをされ、香港映画さながらに空中を一回転したのだと知ったのは、呻き、咳込み、床をのたうち回る哉汰の前で、高階がネクタイを緩めながらベンチに“どっか”と腰を下ろしたのを見てからだった。
「もし、これからもユウのパートナーであろうと思うなら、せめて基本的な体術くらいは身に付けておけ。敵はケガレばかりじゃないぞ」
「あんた……」
 “優也”ではなく“ユウ”と呼称したその高階の真意に、哉汰は思わず息を呑んだ。
「先生と呼べ。阿呆(あほう)。……でも、ま、お前はまず体術より何より、敵と味方の見分け方を覚えた方がいいな」
 床から見上げた哉汰の目の前で、外資系のエリートサラリーマンの方が似合っていそうな、冷静冷徹な数学教師の顔が、いつの間にか高階から剥がれ落ちていた。
この記事へのコメント
スネイプ先生ではなく、




───葛木先生でしたか。
Posted by 青玉 at 2012年06月25日 00:15
 ええと……

<調べ中>

 「Fate/stay night」の葛木宗一郎…?
 すみません。
 「Fate」は今やってるアニメ版Zeroのみが既知なのです。

 こういうキャラなんですか?
Posted by 推力 at 2012年06月25日 00:59
これは・・・おもしろい。狂気の沙汰ほどおもしろい。これからはハイスピードスパイアクションの始まりですかな(チラッ)
Posted by アンディ at 2012年06月25日 14:22
 いーですねー……ハイスピードスパイアクション!

 ……スパイ??w
Posted by 推力 at 2012年06月25日 23:44
普段は実直な社会の先生で生徒会の顧問。
自称『そこいらにいる朽ち果てた殺人鬼』。
暗殺拳(徒手空拳)の使い手でセイバーを圧倒した。すごく強い。

でも生徒からの評判は悪くないし、敵だし、嫌味も言わないし、違うところだらけでしたね。
Posted by 青玉 at 2012年06月26日 00:11
まあスパイっつうか、隠密行動っぽい感じw。
こういう謎が少しずつ明かされるのって楽しいですねやっぱり。このワクワク・・・たまんないね!
Posted by アンディ at 2012年06月26日 09:10
>青玉 さん
 うーん……やはり体験版だけでなく、本編もやってみないといけないですね。アニメも終わった事ですし。超シリアスなZeroからどう繋がっているのか、実感しないと。……黒桜とか。

>アンディ さん
 基本、ウィッチとウルフは隠密行動なんですが、ウィッチは一般にも存在が知られてるので、必然的にその影になってますね。
 ありがとうございます。
 嬉しいです。楽しんで頂けて。
Posted by 推力 at 2012年06月26日 11:29
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