■感想など■

2012年06月28日

【ボクキミ】51

■■【51】■■

 床に転がり動くことも出来ない哉汰に、高階は手を貸そうともせず、ベンチで悠々と足を組み直した。
 学校では仮面を被り隠し続けてきた顔を、もう隠す気など全く無いようだ。
「味方……?」
 哉汰は砂埃だらけの床から身を起こすと、やっとの思いで立ち上がった。咳き込み、口内に入った砂を唾と共に吐き出す。口内をどこか少し切ったのか、わずかに血が混じっていた。
 高階は哉汰の問いには答えず、つまらなさそうに黒縁眼鏡を外すと、無造作に胸ポケットへ入れた。
 どうやら、ただの伊達だったらしい眼鏡を外した高階は、さっきまでの理知的な雰囲気は消え、どこか骨太で野性的な雰囲気さえ感じさせていた。
「ユウの行方はこちらでも捜索を続けている。残念ながら、手掛かりがまるで無い状況だったが……不完全だが足取りも掴んでいた。……まあ、手を拱(こまね)いていたわけじゃないが、そう思われても不思議じゃないか。状況が状況だったもんでな。悔しいが、それに関しちゃ他のウィッチとの連携も取れずじまいで今日まできちまった」
「他の……ウィッチ?」
 急につらつらと高階の口を突いて出てくる単語に、哉汰は呆然と立ち竦んでいた。
「まだわからないのか。本気で頭悪いなお前は」
「……あんた……先生は、サーヴァントじゃないのか?」
「阿呆(あほう)。俺達をあんな雑種犬と一緒にするな。ケガレに尻尾振って恥じない、人間の屑だぞ奴らは。狼ってのはな、もっとプライド高く孤高なもんだ。まあ、俺達は個にして全、全にして個。孤高を謳うにはいささか大所帯だけどな」
「狼……そうか!」

 ──ウルフ。

 『WOLF(Witch and Obbligato Loyal Friends)』。
 ウィッチとその絶対不可欠で誠実な友人達。
 15世紀頃、ヨーロッパを席巻した『魔女狩り』に対抗するために発足した、局地的な自衛をその始まりとする組織。

 魔女と共に歩む者。

 魔女を護り、助け、そのパートナーとの絆を見守る者。

 人々のために闘う魔女を、外敵から隠し、安全を図(はか)る者。

「先生が……ウルフ……」
 それは、サーヴァントとは真逆の存在。
 人類の味方である魔女の、永遠の友人。
「それを……信じろって?」
「信じる信じないはお前の勝手……と言いたいところだが、グダグダ言わないで信じろ。じゃないと話が始まらない」
 その上から目線の物言いに、そこだけは仮面を外す前と変わらないと哉汰は思った。
「じゃあ……」
 哉汰は乾いた唇を舌で湿らせ、唾を飲み込んだ。
 その行為で、切ったのは上唇の内側だと気付いた。
「……先生達は……ウルフは、ずっとユウを、優也を監視してたのか?」
「見守っていたと言え。人聞きの悪い」
「ユウ本人は、先生がそういう立場の人間だって、ずっと前から知っていたのか?」
「質問の多い奴だな。まあいい。特別に答えてやろう──無論だ。ユウがウィッチに変身して元に戻れない時や、どうしても身を隠さないといけない時は、真美さんが迎えに来れるまで、主に俺の部屋で匿っていたからな」
「先生の部屋!?」
「そうだ」
「いろんな女を取っ替え引っ替え部屋に引っ張り込んでたってのは……」
 哉汰がそう言うと、高階は嫌そうに顔を歪めた。
「……まあ、生徒の中ではそういう噂になってるらしいが、むしろ俺としてはそう思われてた方が何かと都合がいいからな。醜聞だが利用させてもらった。ユウも御丁寧に毎回姿を変えるから、何人もの女を連れ込んでることになってるようだが……」
 高階が保護者と関係を持ったとか、色っぽい女を家に引き入れたとかいう噂は、ここからきていたのだ。
「あんたはいいのかよ。表と違う、真っ黒な裏の顔がある女好きの不良教師って噂だぞ?」
「間違っちゃいない。裏の顔もあるし、不良というのも当たってる。真っ黒ってのは言い過ぎのような気もするが、少なくとも模範的教師じゃないしな。女好きってのも微妙だが──まあ、これは俺の役割であり使命だから、これくらいの醜聞など、使命の前には些細なことだ」
「使命? ユウを見守るのが……か?」
「ウィッチを護るのが、だ」
 教育に携わる者としては、女性関係の良くない噂は、教師としては命取りになりかねない。
 それでも、たとえ職を失うようなことになったとしても、使命の方が大切だという。
『いや、逆か? ウルフの立場を隠すための表の職なら、重要なのはむしろ裏の方か』
 ウルフとしての使命を果たすためなら、表の顔などどうなってもいいということだ。
 教師という職業そのものが、この教師にとってはウルフとしての姿を隠すカムフラージュ以上の意味を持たないのだろう。
「だ、だったら! だったらそんなあんたが……いや、あんただけじゃない、ウルフが、母親の真美さんだって、どうしてユウを助けないんだよッ!?」
 血を吐くような哉汰の慟哭にも、高階は表情一つ変えなかった。まるで哉汰を注意深く観察しているかのようだ。
「助けないんじゃない。助けられないんだ」
「なんで!?」
「俺達だって万能じゃない。いいか? そもそもウィッチが本気で身を隠そうとしたら、俺達だけじゃなく、他のウィッチにすら、その居場所を特定するのは困難なんだよ。まあ、絶対無理と言ってもいい。特定しようとすれば、それなりの準備のために時間と場所と魔力が必要だ。だが、残念ながら今の俺達には時間も魔力も絶対的に足りない」
「だったら真美さんなら……」
「真美さんはこの件を知らない。……いや、知らされていない。彼女には、もっと重要な案件に集中してもらいたい。それがウルフの長老方の総意だからな」
「そんな……もっと重要……って、自分の子供が大変なことになってるってのに、それよりも重要なことってなんだよ!? それでも母親か!? そもそもウィッチを護るための組織なんじゃないのかよ!? それじゃあ、いったい何のためにウルフってのは存在してるんだよッッ!?」
 唾を飛ばし激昂する哉汰を胡乱(うろん)に眺め、高階は“やれやれ”とばかりに溜息を吐いた。
「阿呆。そのためにパートナーがいるんだ」
「俺!?」
「ウルフとウィッチの間に身を置きながら、ウィッチと常に行動を共にし、そのメンタル面や健康面でのサポートをするのも、時には身を挺してウィッチを護るのもパートナーの役目だ。逆に言えば、それが出来て初めてパートナーを名乗れるんだ。魔力提供を名目に乳繰り合ってるだけがパートナーだと思うなよ」
 辛辣な言葉が遠慮無く哉汰の胸に突き刺さる。
 悔しいが、返す言葉も無かった。
「一ヶ月ほど前、近々この街で発生するだろう、大規模なケガレの顕現視(けんげんし)がされた」
「顕現視?」
「魔術遠視と占星術との複合による意識外未来視……まあ、簡単に言えば予知夢みたいなもんだ。それ専門を得意とするウィッチによるものだから、夢よりもっと確実で具体性のある予想だがな。俺達と、近隣の名だたるウィッチは今、秘密理にその対応に追われている。ユウの捜索に関して連携が取れなかったのもそれが理由だ。これは、ウィッチとして一人立ちしたばかりのルーキーの行方を探すより、ずっと重要度の高い案件だと本部は考えている」
「!?……ユウがどうなってもいいってのか!?」
「阿呆。そうは言ってない。優先順位の問題だ」
「同じことじゃねーか! そんなことってあるかよ!?」
「ユウを優先することで、数百万人レベルでの人死にが確実に出るとしてもか?」
「……ッ!?……」
「さっきも言ったが、本気で身を隠しているウィッチを探すには、それなりの時間と魔力が必要だ。その時間と魔力を生むために他のウィッチ達の力を使えば、ケガレ発生の対応が遅れる可能性が高い。ユウは、そんなリスクを抱えてまで救い出さなければならない状態にはない。それがウィッチ並びにウルフの総意だ」
 高階の言葉が哉汰の胸を抉(えぐ)る。
『救い出さなければならない状態にはない……だとぅ!?』
 ユウのあんな姿を見ても、まだそんな事が言えるとしたら、それはもう人間じゃない。ウルフとはそこまで非情な組織なのだろうか。
 命さえあれば、心などどうでもいいとでも言うのだろうか。
「先生は……ユウのあんな姿を見てないから、そんな事が言えるんだ。あんな……あんな……」
 命だけあっても、心が死んでしまってはどうしようもない。
『……俺は違う』
 男達に犯され続け、ボロボロになり、心が死にゆくユウをこのままにしておけるはずもない。
「『俺には優より他の人間を優先する事なんか出来ない』……って顔だな。じゃあそのお前に優のために何が出来るんだ?」
「……ッ……」
「息巻くだけならそこいらのクソガキと変わらないだろ。お前が本当にユウのパートナーなら、お前がちゃんと護れよ馬鹿野郎」
 嘲笑を含んだ高階の言葉に、哉汰の頭の中で何かが沸騰した。
 目の前の男に対する怒り。
 ウルフに対する怒り。
 ユウの母親に対する怒り。
 何より、何も出来ない自分への怒りが、そのまま熱量のベクトルを反転してユウを助けたいという渇望へと変化する。
「……言われるまでもねぇよ」
「ユウを救いたいか?」
「当たり前だ!」
「俺達の助けは期待できないぞ?」
「そんなもんいらねぇ!」
「言ったな?」
「言ったがどうした!」
「ほーう……」
 ベンチで組んでいた足を解き、高階は立ち上がって、息巻く哉汰の目をじっと覗き込む。
 その瞳には、さっきまでの昏い色は、もう無かった。
この記事へのコメント
おお、高階かっけぇ!
Posted by 青玉 at 2012年06月28日 00:20
俺たちの戦いはこれからだ!(どん!)
推力先生の次回作にご期待ください。



これは超大作ですね
Posted by アンディ at 2012年06月28日 00:43
>青玉 さん
 くたびれた(精神・風体の)オッサン(笑…明らかに少年・青年ではないという意味で)キャラに魅力を感じます。高階は、外見はパリッとしてても本性はグダグダでしょう。教師も嫌で嫌で仕方なくていつ辞めてもいいと思ってるのに有能過ぎて辞められない……と(嫌々やってるのに教師としての能力が高いということは、元々のスペックがとんでもなく高いということ)。
 オッサンと言えば『エヴァ』の加持とか、最近で言えば『輪廻のラグランジェ』のヴィラジュリオとか……22歳らしいですがww
 『パトレイバー』の後藤とか大好物ですが、こっちはちょっと年齢が上ですね。
 30前のオッサンキャラが好きなんですが、それ以前に30前をオッサンと呼称するのはいかがなものかと物議を醸しそうです。

>アンディ さん
 よし!最後はそれで締めよう!そして投げっぱ!←ヲイ
 ラストはさくっと終わらせるので、超大作にはならないと思いますよ。少なくとも「ボク選」よりは……たぶん。
Posted by 推力 at 2012年06月29日 10:54
『化物語』の忍野メメとかそのへんかなぁ……
なんというか、抹茶や緑茶よりは番茶や煎茶が似合う感じのおっさんに憧れますね。
Posted by 青玉 at 2012年06月29日 12:27
 ああ、いいですね!
 かれんびーでは登場しなくて、とても残念でした。
 貝木はちょっと好みじゃなかったので。
Posted by 推力 at 2012年06月29日 14:37
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