■感想など■

2012年06月23日

【ボクキミ】ユウ2

■■【2】■■

 10月28日の金曜日。

 下校途中に哉汰と別れて帰宅してから、優也はケータイの着信に対して、別段、特に疑問に思う事無く応えた。
「久しぶり。今度は何してたの?」
【ん〜……まあ色々なー】
「?」
 「彼」は哉汰との共通の友人だが、どちらかというと優也より哉汰との仲の方が良かったから、こうして自分に電話をかけてくるというのは珍しかった。それでも、久しぶりに耳にした顔馴染みの級友の声に、警戒心はすぐに霧散した。
 学校でも有名な「彼」は、実はある意味、自分にとってケガレなどよりももっと危険な存在ではあった。
 だが、ウィッチ関連に関しては必要以上に警戒し、今まで過度な接触はしないようにしていたから、逆に妙な安心感があった。
 ただの高校生で、クラスメイトで、人柄も決して悪いわけではない。
 そして何より、哉汰の友人だというのが優也に「安全」だと思わせていた。
 もちろん、ウルフの調べた交友関係にも、特に不審な点が見当たらなかったということもあった。
【それはそうと、ユーヤ、ちょおっと、話があんだけど】
 その「彼」が、「哉汰のことについて」自分にだけ話があるという。
 哉汰の名を耳にして、少し胸がざわついた。
 話とは何か。
 問いかけたが答は無く、いくら聞いてもはぐらかされた。
 彼はひとしきり学校や最近の出来事を話題にし、優也は彼が何の用なのか皆目見当もつかなくてただ相槌を打っていた。

 哉汰のことについて話があるのではないのか。

 話が無いなら、宿題があるからそろそろ……

 そう思い始めた時、「彼」は「哉汰のことで相談したいことがある」とだけ答えた。
 「様子がおかしい」とは、思わなかった。この級友は、ある意味、いつもおかしかったから。
 だから優也は、電話では──ましてや「哉汰の前では言いにくい」という「彼」の言葉に、自分やウルフさえ把握していない、大切な親友に迫る不安要素の存在を純粋に心配し、ダッフルコートを着て家を出た。

§         §         §


 場所は、駅前のミスドの2階席一番奥だった。
 金曜日の午後7時過ぎということもあり、席は様々な層の雑多な客で溢れかえっていた。
 優也の姿を見つけると、「彼」は手を挙げてにこやかに笑った。
 女子達に「残念イケメン」と呼ばれているのが不思議なほど、爽やかな笑顔だった。爽やか過ぎて気持ち悪い程だ。
 砂糖抜きのカフェオレをトレイに載せて席に向かい、訝しげな表情で席に着いた途端、「彼」はいつも見せる笑顔で、
「久しぶり、ユーヤ……っていうか、ウィッチ・ユウって呼んだ方がいい?」
 と、言った。

 “ギクリ”と、体が震えた。

 隣の席に座っているパート仲間らしいオバサン集団は、お喋りに夢中で気付かなかったらしい。もし聞こえていたとしても、意味がわからずきっと無視するに違いないが。
 「彼」を見れば、その顔には普段の「彼」からは想像もつかないほど陰湿で下品な笑みが張り付いていた。

 ──これが、あの「彼」か?

 本気でそう思った。
「なんの……こと?」
 ようやくそう言って向かいの席に着いた優也に、「彼」はニヤニヤとした、いやらしい笑みを向けた。
「この世界にはさ、すげー便利なものが溢れてるよな」
 「彼」が周囲から見えないよう、注意深くポケットから取り出したのは、ピンポン球より少し小さめの、直径3センチくらいの半透明な多面体だった。まるで血か赤ワインのように赤黒く、その表面で反射する光よりも内部からの光の方が強い。
 それ自体が光っているのだ。
 ウルフが、保護対象となるウィッチの状態を把握するために所持する「リンケイジ・ジュエル」に似ているが、毒々しさが先に立って綺麗だと思う感覚が薄かった。
 不思議なのは、赤黒く濁っているのに、光自体は明るいという事だろうか。
 だが優也が驚いたのは、そんな事ではなかった。
「ユーヤなら、“その姿”でも説明いらないっしょ? イッパツでわかるんじゃねぇ? そう。こいつには、特殊な魔力が込められてんだ。しかも膨大な魔力」
「どういうこと? どうして君が……」
 ケガレ、サーヴァント、ウルフに敵対する組織──様々な単語が頭の中をぐるぐると回り、混乱して目眩さえ起こしそうだった。
「質問は後で。まずは説明させてくんない? これは抗魔法具(カウンター・マジックアイテム)。まあ『キャンセラー』とでも言っておこうかな。聞いたことはないかな? ユーヤ達ウィッチの魔力障壁を無効化する呪宝の存在ってヤツをさ」
 「彼」はそう言って、机の上に十数枚の写真をばらまいた。
 それは、路地裏で学生服姿の少年におっぱいを吸われ、嘗められ、しゃぶられながら、うっとりと身を任せている魔女っ子コスのウィッチ・ユウの痴態の数々だった。
「〜〜〜〜ッ!!?」
 優也は咄嗟にトレイを置くと、慌てて写真を掻き集め、周囲の客から隠すようにして抱え込んだ。
 学生服姿の少年は、当然、哉汰だった。
 ユウの乳房に、雄の顔で夢中になってしゃぶりついているのがハッキリと鮮明に写っていた。
 ウィッチの意思によってあらゆる音波・電波・電磁波を遮断・かく乱する魔法具(マジック・アイテム)──ピンクのチョーカーに施された魔石の効果が、驚くほど全く役に立っていないのが明白だった。

 今まで、一度として誰かに見られたことなど無かった。

 一度として正体を看破されたことなど無かった。

 それほど魔石の効果は絶大であり、絶対的な信頼を置いていた。
 その性能の良さは、先輩ウィッチである母のお墨付きだったはずだ。
 そう。
 あまりにも性能が良かったから……いや、良すぎたから、その能力を過信してしまったのだ。
 魔石も完全なる万能ではない。
 まれにパートナーからの魔力供給中に、その効果が低下してしまうことがあるらしいと言われていたし、それを母に注意もされていた。
 その現場を「彼」は、抗魔法具(カウンター・マジックアイテム)『キャンセラー』を使用して、克明に記録したのだ。
 これは完全に、優也の不注意であり、慢心からの油断であり、そして取り返しのつかない失敗であった。
 「彼」は、そのあまりに狼狽した様子を、肘を立てた両手の平に顎を乗せて面白そうに眺めていた。
「やっぱりさ、ユーヤがウィッチ・ユウだってバレたら、色々困るんじゃない? 困るよね? そこで相談なんだけど、ユーヤとしてはどうして欲しい?」
 写真をまとめて、ダッフルコートのポケットに突っ込み、優也は過呼吸気味に口をパクパクさせて「彼」を見た。
「ああ、それはやるよ。元データはあるから。……で、どうする?」

 何?

 何を言ってるの?

 本気でわけがわからなかった。
「……対価を要求するつもり?」
「当然」
「君が……そういう人だったなんて、ボク知らなかったよ」
「そうか? オレがウィッチマニアだってのは知ってただろ? マニアってのは、好きなもののためには他の全てのものを犠牲にしても厭わない人種の事を言うのさ」
「……それが友達でも?」
「友達? ……ふ……ふふふふ」
「何がおかしいの?」
「いやーユーヤの口からまさかそんな言葉が出るなんてなー」
「どういう……」
「友達ってのはさ、自分のもう一つの正体を隠し続けてる奴の事を言うのかな? それとも、本当の目的をずっと隠し続けたまま、やがて来るかもしんない破滅のリスクを話しもしないで、平気な顔で協力させている奴のことを言うのかな?」
「!?」
 「彼」はニヤニヤしながらフレンチクルーラーを頬張ると、ミルクをたっぷり入れたコーヒーでゆっくりと時間をかけて嚥下した。
 その間、優也は身動ぎも出来ず、彼の顔を見続けていた。
「哉汰の体ん中に形成された魔力回路は、ユーヤに魔力供給する事で状態が維持されている。そーだよね?」
「どうしてそれを……」
「いやぁ……オレもさ、勉強したんだよコレでも。ほら、オレって勉強、すげー苦手じゃん? でもあれだね、好きな事が相手だと、普段の何倍も本気になれちゃうもんだよね。不思議」
「質問に、応えて」
「質問してんのはこっち。でもまあいいや。勝手に喋るから。えーと、ウィッチとの回路接続が長期間絶たれると、魔力の体内回路の循環に慣れていないパートナーは、やがて精神を蝕まれ、時には発狂に至る。だからウィッチとパートナーは、契約を結んでしばらくは頻繁に回路を接続し、早急に慣らしていかないといけない……んだよねぇ。当たり?」
 優也は答えなかった。
 膝の上で握り締めた拳が震え、小さな唇は固く引き結ばれている。
「ウィッチとパートナーは運命共同体? ……ん〜、違うよなぁ。パートナーがいなくてもウィッチは破滅しないけど、契約したばかりのパートナーは、ウィッチを失ったりして継続的な接続が途絶えると、遠からず破滅する。そこには搾取の図式しか浮かんでいない」
「そんなこと……」
「いやぁ、快楽で縛ってる時点で、単なる搾取よりずっと質(タチ)が悪いかもな。飼い主と家畜だよ。毛や乳を取る代わりに、逃げ出さないように拘束し、快楽というエサを与える……な」
「ボクはカナちゃんをそんな風に見た事なんて一度も無いよっ!」
「でも黙っていた」
「……っ!!」
「相手に取り引きのメリット・デメリットを全部説明もせず、騙すみたいに協力させているなんて言ったら哉汰はどう思うかなぁ? しかも親友と思ってた人間に、だぜ? 良くて精神異常、下手したら発狂。こんな素晴らしい特典付きで、しかもパートナーであることが敵にバレたら、命の危険さえオプションで付いてくる契約なんて、ユーヤを信じてる哉汰に、よくもまあ持ちかけられたもんだよね」
「……君は……カナちゃんまで危険に晒そうっていうの?」
「いやいやいや、それをするのは俺じゃない。ユーヤでしょ? 責任転嫁なんかしないで欲しいなぁ。良くないよ? そういうの」
「カナちゃんと友達なのに、平気なの?」
「ウィッチを求めて、オレは全てを注いできた。時間も金もコネも、全部だよ。今さら友達の一人や二人失くしても、どうってことねぇよ。ウィッチには、それだけの価値があると思ってるから」
「君って人は……」
「素晴らしいよね、ウィッチって。特にこの街のウィッチ。ウィッチ・マミとウィッチ・ユウは、オレ達マニアの中でもめちゃくちゃ有名で、極秘に入手された画像データなんかは高額で取り引きされる、マニア垂涎(すいぜん)の商品になる。あのエロさはそんじょそこらのグラドルなんかメじゃないし、洋モノより親しみやすい分だけ親近感が沸くんだろうね。もちろん、画像は決して表には出ないし、出さないし、出せないけどね。ウルフだっけ? 怖いよね。ウィッチを護るためなら何でもしそう」
「……これだけじゃなくて、他にも画像があるの?」
 ポケットの中に押し込んだ、自分と哉汰との写真を思い、目の前が真っ暗になる。いったい、いつからこんな風に写真に撮られていたのか。
「ウィッチは素晴らしい。あの姿、あの力。オレ達はやがて画像データや情報だけでは満足出来なくなった。何十枚と画像を集めても全然満たされないんだ。当たり前だよね。そして、手の届くところにあるのに、それを求めないなんてどうかしている。だから考えた。どうしたら手に入れられるだろうか……ってね。そして、手に入れた」
「っ!!」
 下からねめつけるように見上げる「彼」の視線に、優也の背筋が凍る。
 「手に入れた」と「彼」が言った言葉の意味を、理解したからだ。
「そうだ、せっかくだからこれも聞く?」
 ポケットから差し出されたメモリプレイヤーを思わず受け取り、優也は不審げに「彼」を見た。
「聞けばわかるって」
 ヘッドフォンを耳にあて、スイッチを入れる。
 その途端、

ああぁ〜ん……あはぁ……あぁあ〜〜〜……はあん……

 AV女優のような、いやらしい女の声が耳を打った。
「なっ……」
 カッと顔に血が上り、「彼」を見る。
「なにこれ?」
「いいから」
 もっと聞けと言う「彼」に構わずヘッドフォンを外そうとした優也の耳に、

はぁん……カナちゃん……カナゃあん……ああ〜……カナちゃあぁん……

 体が、凍った。
 わかった。
 わかって、しまった。

 ──これは、自分だ。

 魔石による電磁波遮断域であるのをいいことに、特に抑える事もなく上げた、甘ったるい自分の矯声だった。
 上った血が一気に引き、真っ青になった顔で「彼」を見た。
「……ボクに、どうしろと?」
「なあに。簡単なことさぁ」
 「彼」はニヤニヤと笑い、場所を変えようと呟いて席を立った。

§         §         §


 向かったのは、商店街の外れにある、全てのテナントが抜けた廃ビルの一室だった。
 そこでウィッチの姿になる事を要求され、従った。
 男から女へ。
 目の前で変身して見せることで、思い留まってくれることを期待したが、「彼」は逆に喜んで体中を嘗め回すようにして見た。
 彼が取り出した真っ赤なチョーカーを、白いフリルの付いたピンクのチョーカーを覆い隠すように巻く事も要求され、従った。あの魔法具よりももっと小さい宝石だったが、同様に魔力無効化の力を秘めているのに違いない。そう思ったが、強固に拒む事は出来なかった。
 巻いた後、「彼」はごく短い単語を呟いた。
 それは魔術的な韻を踏んだ、「ルーン」と呼ばれる魔術言語だった。
『どうしてそんな言葉を知ってるの?』
 そう聞いた。
 聞いたつもりだった。
 でも、声が出なかった。
 意図的に声を「消された」のだと気付いた。
 再びさっきとは違う「ルーン」を「彼」が唱えると、声は出るようになった。
 明らかに何かをテストしているように思ったが、聞いても答えてくれない事はわかっていたから、聞かなかった。

 ここまでされても、級友で、哉汰の友人で、まがりなりにも今まで普通に接してきた人間を強引に気絶させたり、ウルフに引き渡したりする事は考えなかった。
 何かの間違いだと思ったから。
 きっと気の迷いか、ウィッチの秘密を知って一時的に気分が高揚して感情にブレーキが利かなくなっているだけなのだと、思ったから。
 説得すれば、きっとわかってくれる。
 ずっと、そう思っていた。
 それがウィッチとしてはどうしようもない、救い難い愚かな「甘さ」だと気付かずに。
 だから、従った。

 ──キスを、した。

 商店街の街灯の明かりが射し込む、コンクリート剥き出しの殺風景な一室で、「彼」が望むままに、「彼」にキスをした。
 なぜ、キスなのか。
 どうして「彼」がキスを望んだのか、全くわからなかった。
 唇を合わせるだけの、ごく軽いキスだった。
 舌も入れなかったし、迎えたりもしなかった。
 もちろん唾液も交換しなかった。
 時間にして5秒ほどの、短いキスだった。
 でも、

 ──吐きそうだった。

 ──嫌悪感だけがこみ上げた。

 哉汰との、あの夢見るような、あたたかい布団にくるまれているような、それでいて体中が喜びの声を上げて涙が自然とこぼれてきてしまうような、生きていることを世界の全てに感謝したくなるような幸福感とは、まるでほど遠かった。
 開放され、帰宅して変身を解いたのは、午後9時を少し過ぎた頃だった。
 母はいなかった。
 ウルフの中央会議に出席すると、今朝言っていたから、帰りは2〜3日後になるのだろう。
 冷蔵庫の中にあった作り置きの塩焼きそばをもそもそと食べ、ぼんやりと風呂に入って、

 少し、泣いた。

 自分の魂の、どこか大事な部分に、決して消せない黒いシミがポツリと印された。
 そう、感じた。


この記事へのコメント
犯人は彼でしたか…
Posted by 通りすがり at 2012年06月23日 06:44
ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!11111111
Posted by 青玉 at 2012年06月23日 13:50
貴様には地獄すら生ぬるい・・・!
Posted by アンディ at 2012年06月23日 19:24
>通りすがり さん
 もうわかってるかと思ってました。バレバレに書いてたので…。

>青玉 さん
 まあまあ。
 最後の「11111111」のネタは何かで見たような……ビデオ版「呪怨」? 「学校の怪談G」?w

>アンディ さん
 世の中には因果応報という言葉がありまして……w
Posted by 推力 at 2012年06月24日 21:57
『!』はShift + 1 で入力するので、Shiftを離すと『1』になるので『!』をたくさん並べたあとに11111と続くんです。
Posted by 青玉 at 2012年06月24日 23:21
 ああっ!(ぽむっ)
Posted by 推力 at 2012年06月25日 00:22
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