■感想など■

2012年06月24日

[LIPS]『Piece.05』「二人の明日」〜ようこそここへ〜

■■ Scene.01 ■「クラウド」■■

 ──気が、急いていた。

 車を降りて、一跳びに3段の石段を昇り、玄関の扉を開けるのももどかしく、駆けるように飛び込む。
「ストライフさん?」
 ……と、駆け足で受付を通り過ぎようとした俺を、ちょっと太り気味の看護婦がおっとりとした調子で呼び止めた。
 え? 何だ?
「ストライフさんでしょう?」
 な、何だ?
 どうしたんだ?
 何があったんだ?
 ティファに……ティファに何かあったのか?
 まさか……ティファに何か大変な事が……。
 子供……。
 そうだ、子供は!?
 俺達の……俺とティファの子供は!? 赤ちゃんは!?
 いやっ違う! まずティファだっ! ティファはっ!?
 頭が混乱していた。
 とりあえずジャケットの内ポケットから身分証明のIDを取り出し看護婦に見せようとしてそれが会社のセキュリティカードだと気付き慌ててズボンの後ポケットから財布を取り出すと、中には真新しい紙幣が4枚しか入っていなかった。
 いや、そうじゃなくて。
「落ち着いてください、ストライフさん」
 看護婦は何が可笑しいのか、俺の顔を見てクスクスと笑った。
 失礼なっ!
「お……俺、赤ちゃん……ティファ……」
「パパね。おめでとう。一昨日の夜に、生まれましたよ。元気な……」
 俺は、にこやかな微笑みを浮かべる看護婦の言葉を、最後まで聞かなかった。

 走る。

 床が滑っても、人にぶつかりそうになっても、ただ一心に走った。
『廊下は走らないで!』
 遠くからそんなような、別の看護婦からの声が聞こえたが、もちろん俺は無視した。
 後でいくらでも謝ってやるから、今だけは見逃して欲しい。そんな気分だ。
 もっともそれは考えるまでもなく、病院の廊下を走る非常識な人間なら誰でも考えるような事なんだが、その時の俺は、そんな事を思う余裕さえ無かったんだ。
 だから、ひたすら走った。
 長い廊下を抜け、薄暗い踊り場に連なる階段へ。
 この病院には、エレベーターなんていう上等なものは、無い。
 薄汚れた階段を、2段飛びで駆け上がり、途中で幾度となく看護婦や、他の患者とぶつかりそうになりながら、ようやくティファの病室がある3階へとたどり着く。
「おう、来たか」
 階段を駆け上がり、まるで全く普通の人間みたいに荒い息を吐いていると、そんな俺を見つけて、ちょっとした待ち合い場から褐色の肌の巨漢が、ゴツいくせにやけに愛嬌のある笑顔を覗かせた。
 その、歳の離れた盟友の革ジャンには、いくつもの金属の鋲が光っている。しかも、内に秘めた岩のような筋肉でパンッと張った革の下には、妙な柄がプリントされた白のTシャツと黒光りする革パンツを着込んでいた。
 そしてその格好に、やたらとゴツいブーツが、ひどく似合っている。
 ……それにしても……あんた……いくつだよ……。
 そんなアナクロな格好……今時、スラムのSTキッズでさえしないぞ?
「バレット……来てたのか」
 もちろん、俺はそんな想いなど毛ほども顔に出さず、ゆっくりと息を整えながら、奴に向かって歩いた。
「御挨拶だな。ここに運んだのは、このオレだぜ?」
 そう言って、ぐいっ……と右手の親指で自分の厚い胸板を指す。
「そうか……すまない……」
「ま、仕方ねえさ。予定日を一週間も過ぎちゃ……な」
「大変だったんだから! とうちゃんったらオロオロしちゃって、まるで自分が赤ちゃん生むみたいだったのよ!」
 バレットの影からひょこっと顔を出したのは、ショートボブがちょっと刎(は)ねた、可愛らしくも悪戯っぽい表情をした小さな少女だった。
「マリン!」
「おかえり、クラウド」
 少女は、可愛らしい花柄のワンピースを着た、バレットの養女のマリン。
 先月6歳になったばかりの筈なのに、しばらく見ないうちに、ずいぶんと大人びた顔をするようになったな……。
「……そんなにオタついてたか?」
 愛娘(まなむすめ)に手酷(てひど)く揶揄(やゆ)されたヒゲダルマは、右手でガリガリと短く刈った頭を掻(か)きながら情けない顔をして彼女を見下ろした。
「電話しながら空のヤカン、火にかけようとしたの……誰?」
 まあ、そばにこんな大きな子供がいたんじゃ、大人っぽくもなるか……。
「マリンも来てくれてたなんてな……」
「私だけじゃないよ」
 にこっと笑って、後ろのソファを振り返る。
 今まで気付かなかったが、そこには、バレットとマリンの他に、3人の男女の顔があった。
「よお。こんな時に出張たぁ、会社も無粋な事するもんだぜ」
 黒のウインドブレーカーの中に洗いざらしのブラウンの綿シャツを着て、白のパンツをサスペンダーで吊っているのは、シド=ハイウインドだ。
 このオッサンも、いい歳して年中こんな格好で世界中を飛び回っている。
 そう思ったところで、親に似ない素直で聡明な2人の子供の事を思い出した。
「今日、シグナスとアリューシャはどうしたんだ?」
「ダムおじさまに預けてきたわ。すこしシグナスが風邪気味だったから……」
 シドの横には、清楚な白のブラウスに、水色のカーディガンを着たシエラ=ハイウインドが、寄り添うように立っていた。紺のスカートは、今年の春の新作だったような気がする。
 そして……ライトグリーンのサマーセ−ターにピンクのシャツという変わった嗜好の組み合わせに、ベージュのジーンズとスニーカーという“いでたち”で、ニヤニヤと意地悪そうな笑いを浮かべているのは……。

 ユフィ?

「ユ……ユフィ? どうして?」
 驚いて目を見開いた俺に、彼女……ユフィ=キサラギは、シンプルなデザインのイヤリングを揺らして、ニカッと笑った。
「バレットに教えてもらったんだ。水臭いじゃないのよぉ!」
「あ……いや……」
 正直言って、ユフィには後から報告しようと思っていたんだ。
 コイツの事だから、きっと俺の事をからかうに違いないからな……。
「念願かなってヤンパパになったクラウドのばか面……おっと失礼、にやけた顔を見てやろうと思ってね」
 ……だろうと思ったよ。
 お前は、いつも俺の期待通りの答えを返してくれるね。
 げんなりとする俺に向かって、ユフィは、いつものように肩まで伸ばした黒髪を掻き揚げた。
「ナナキも来てるんだ」
「ナナキも? そうなのか?」
 ユフィの言葉に、つい、彼女ではなくバレットに聞く。
 ユフィが不服そうに唇を尖らせたが、無視した。
「あ……ああ……まあな」
 おいおい……何だか要領を得ないな。
「ナナキのやつぁ裏庭にいるぜ」
 シドが、さも可笑しそうに、火の点いていないタバコを咥えて言った。
「裏庭? なんでまた……」
「その……婦長さんに、追い出されてしまったの」
 シエラさんが、いつものおっとりとした口調で教えてくれた。
「動物はダメなんだって」
 ますますおしゃまになってきたマリンが、イスに座って、脚をぶらぶらさせながら、つまらなさそうに俺を見上げる。
 脚をぶらぶらさせる癖……まだ直らないんだな……。
「お毛々がいっぱい抜けちゃうから、はいっちゃダメなんだって」
「……まあ、ヤツも丁度毛の生え変わる時期だかんな」
 マリンの言葉を受けて、シドが「やれやれ」と肩を竦めた。
「そんなことより、アタシ達、クラウドが来るまで待ってたんだからねっ!」
「まだオレ様達も見てねーんだ、ホレ、早くしな。パパさんよ」
 ナナキの悲劇を「そんなこと」の一言で片づけるのは可哀想だが、正直、これ以上話を長引かせるのも嫌だったってのも確かだ。
 だから、自分で言うのも変だが、俺は珍しくも素直に、ユフィとシドの言葉に従う事にしたんだ。

         §         §         §

 ドアを開け、そう……っと体を滑り込ませた。
 決して広くはない一人部屋の病室は日の光がカーテンで程よく遮(さえぎ)られて、柔らかな光がいっぱいに満ちていた。
 クリーム色の壁際に、水色のパイプベッドが一つ。
 パイプ椅子が一つ。
 机が一つ。
 俺は、ベッドに近づいて、そこに横たわる黒髪の女性を見た。

 ティファ=ストライフ

 俺の、世界でたった一人の、大切な……大切な女性……。
 少しやつれているな……。
 唇がかさかさに乾いて、閉じた目の下には、うっすらと隈が出来ていた。
 看護婦さんは一昨日の夜って言ってたけど……。
 出産……だもんな。
 俺には……男には分からないけど、やっぱり大変だったんだろうな。

 すう……すう……

 呼吸は緩やかだ。
 眠っているのかな……。
 俺は、揺らさないようにベッドに手をかけ、静かに彼女の唇に口付けた。
「おかえりなさい……」
 唇を離すと、ティファは、いたずらっぽい目で俺を見上げていた。
「起きていたのか」
 俺の言葉に、ティファはにこぉ……と笑う。
「お姫様は、王子様の口付けで眠りから覚めるものよ」
「お前いくつだ?」
「いいの。女の子はいくつになっても、そう思ってていいのよ」
「女の子?」
「そう。女の子」
 俺はちょっと苦笑すると、ティファの頭と枕の間に左手を滑り込ませ、そっと引き寄せて、優しく胸に抱いた。
 ティファも、そっ……と俺の体に腕をまわす。
 愛しい。
 もう一度口付ける。
「いつ?」
「今。……これでも連絡受けて、すぐ飛んできたんだぞ」
「2日も遅れて……?…………一緒にいてくれるって言ったのに……」
 拗ねた。
 ぷう……と頬を膨らませて、ぐりぐりと頭を俺の胸に擦りつける。
「ごめん……」
「…………もう一度キスして」
「何度でも」

 ふ……ふえええ……

 甘い口づけは、突然上がった声に中断された。
 俺達は、慌てて唇を離す。
「この子がヤキモチ焼いてるわ」
 くすくすとティファが笑う。
 ティファがベッドに起き上がるのを手伝い、俺は、彼女が器用に、泣きじゃくる赤ん坊を抱き上げるのを見ていた。
「見て……私達の……赤ちゃん……」
「ああ……ちっちゃい……な」
「うん」
「よく……頑張ってくれたな……ごくろうさま」
「うん……」
 ティファは器用に赤ん坊を抱き、優しくあやす。
「それにしても……馴れたもんだな」
「そりゃね。村で生まれた子は、ほとんど一度は抱いてたもの」

 ふやあああああ……

 まだうまく発声が出来ないのだろうか……それにしてもすごい。
 まるで体中で泣いているようだ。
「お腹すいてるのかな……」
「うん……」
 ティファは授乳しやすいように胸の所がボタンで開くように出来た、ピンク色の貫頭衣を着ていた。
 その胸の所を、何の躊躇いも無く開く。
 ゆったりとしたピンクのブラも、カップの所だけ開く授乳用のものだ。
 …………良く出来てるよな。
 ぽちっ……と、ボタンを外し、ガーゼ地のパッドごと外して、たゆん……と豊かな左乳房を剥き出した。
 そうして、枕元の机の上にある、お湯の入った洗面器で脱脂綿を濡らし、乳房と乳首を丹念に拭いた。
 何のためにあるんだろうと思ったら、そういう事か……。
 そしてタオルで押すようにして乳首の周りを拭くと、ティファはようやく、少し色の濃くなった乳首を、器用に右手だけで赤ん坊の口に含ませる。
「もうおっぱい出るのか?」
「うん……初乳は今朝。お医者様には、『今時珍しいくらい順調』って言われたわ」
「それにしても……ほんと、馴れたもんだなぁ」
「もう4回目だもの……」
 俺の前で胸を出した事に今更ながら気が付いたのか、ティファはちょっと頬を赤らめて俺を見た。
 さっきまでむずがっていた赤ん坊は、んくんくんく……と元気に左のおっぱいに吸い付いている。
 その顔は、まだくちゃくちゃでしわしわの赤い顔をしていた。

 ……猿みたいだな。

 ちょっと、そう思った。
 けれど、俺の子だ。
 俺とティファの子だ。
「元気だなぁ……」
 一心にティファの乳首を吸う赤ん坊に、つい感嘆の声を上げてしまう。
「うん……おっぱいが痛いくらい……」
 ティファは、豊かな自分の乳房で赤ん坊が窒息しないように、右手の指で乳房を除けてやりながら、うっとりと至福の表情で赤ん坊を見ている。
 言葉とは裏腹に、ひどく幸せそうに見えるのは、その瞳が愛情に満ちているからだろう。
『母さんも……こうだったのかな……』
 ちょっと、思う。
「方っぽは俺のだぞ」
「ばかね……」
 くすくす……と笑う。
「赤ん坊って、どこから来るのかな」
 俺は、ふと思った事を口にした。
「なあに? どうしたのクラウド」
「あ……いや、ちょっと……」
 意識しないままに口にしたのだ。気恥ずかしくて、俺は彼女から目を逸らした。
「そうね……どこから来るのかしらねぇ……」
 くすくすと笑いながら、赤ん坊に話しかけるように言う。
「この子に……聞いてみたいよな」
 俺は目を細めて、そのあたたかな光景に見入ってしまった。
「だめよ」
 ところが予想外な事に、ティファは俺の言葉にいたずらっぽく異論を唱えたのだ。
「どうして?」
 彼女は俺の問いに、くすくす……と笑って自分の上唇を指差した。
「?」
「唇の上のこの溝って、どうしてあると思う?」
「??」
「リュテーシア姉さんの話……覚えてる?」
 リュテーシア姉さんといえば、ニブルヘイムの村の、村で唯一と言える雑貨屋の、上から二番目の娘がそんな名前だった……ような気がする。
 俺が少し自信無さげにそう言うと、
「うん。そのリュテーシア姉さん。姉さんの言うには、ここの……唇の溝は、生まれる前に天使が赤ちゃん一人一人こうやって」
 ティファは俺の唇に真っ直ぐ指を立てた。
「『ここで見た事、聞いた事は誰にも話しちゃダメだよ』って口止めした印なんだって」
「そういえば……そんな話だったような……。でも、どうしてかな」
「お父さんとお母さんが思い出して、帰りたくなったら、赤ちゃんが一人ぼっちになっちゃうでしょ?」
 ……という事は、その場所はとても気持ちが良くて、すごく素晴らしい所なんだな……。
「ティファ。今でもそれ信じてるのか?」
「まさか」
 やっぱりね。
「でも、夢があっていいじゃない」
「まあね」
 小さい頃、俺は本気で空の向こうに幸せの国があると思っていた。
 母さんがそう教えてくれたからだ。
 ……母さんも、自分ではそれを信じていなくても、子供の俺には、本当の事として教えたのだろうか……。
「ねえ……まだぁ?」
 俺がそんな事を考えていると、無遠慮な小悪魔がドアを少し開け、顔を出した。
「ユフィ」
 ティファが嬉しそうに微笑む。
「わ! ティファがおっぱいあげてる!」
 途端に、ガタタっとドアの向こうで音がした。
「ユフィ? どうしたの?」
 ティファが驚いてユフィに聞くが、彼女はちょっと後ろを振り返って、しばらく見ていたが、やがて何でもないように顔を出し、言った。
「ううん。なんでもなーい。ちょっとシドがタバコ呑み込んじゃっただけー」

 ……おい。

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