■感想など■

2012年07月08日

[LIPS]『Piece.05』「二人の明日」〜ようこそここへ〜

■■ Scene.03 ■「クラウド」■■
 窓を大きく開けて、ユフィが下に向かって小さく声を上げた。
 優しい風が、カーテンを揺らす。
「本当にいいの?」
 そして、ユフィは振り返って俺を見た。
「ああ、もちろんだ。アイツにも見せてやりたい」
 俺はティファを見、そしてみんなを見て、はっきりと言った。
 ユフィが、もう一度窓から身を乗り出すようにして、窓の外で誰かに話しかける。
「『じゃあ行く』だって」
 ……と、ユフィは窓から素早く離れた。
 そして次の瞬間、その「誰か」は、軽やかに身を躍らせ、実に見事なバランスで、細い窓枠にその巨体を乗せた。5階の窓まで一跳びで跳び上がったにもかかわらず、窓枠がたてるかすかな軋み音以外は、少しも音をたてない。
「さすがだな」
 思わず声が漏れた。
 燃えるような赤い体躯、そして鬣(たてがみ)は、数ヶ月前と少しも変わっていない。体のそこかしこに刻まれた幾何学模様は「戦人(いくさびと)の印」別名「戦士の魔除け」だ。
「やあ。ティファ、クラウド、おめでとう」
 四つ足で床に降り立ち、凛とした隻眼(せきがん)に柔和な光をたたえて、その獣は人間の言葉を口にした。
「ありがとう、ナナキ。……来て」
 ティファが優しく微笑み、手で招く。
「いいのかい? オイラが側に行っても」
 頭を低く垂れて、伺うように俺を見る。
「お前に、見て欲しいんだ」
「あなたに祝福されるのなら、こんなに心強い事はないわ」
 俺の言葉を受けて、ティファが言う。
「泣かない……かな?」
「眠ってるから大丈夫だよ」
 おっかなびっくり、おそるおそる近づくナナキに、ユフィは可笑しそうに笑いかけた。
「うん……じゃあ」
 しなやかで強靭な筋肉が、生え変わりの季節に入ってすこし色褪せた毛皮の下でうねった。
 少しも足音をたてずに、ベッドの側まで来る。
「ほら……」
 ティファは、赤ん坊が起きないように、ゆっくりとナナキに見せた。
「これがクラウドとティファの赤ちゃん……」
 くんくんと匂いを嗅ぎ、ナナキは、じっ……と赤ん坊を見つめる。
「おいおい、食うなよ?」
 シドが、タバコを咥えながら、からかうように言った。
「そんな事しないよぉ」
 外観とは違って、繊細な心の持ち主であるナナキは、「心底傷ついた」という顔でシドに文句を言い、俺達はその情けない声に、つい声を上げて笑ってしまった……。

 ナナキも、生物である以上、他の生き物を捕らえて食べる。
 狩る。
 けれど、必要以上の狩りはしない。
 自分が困らない程度の小動物を狩り、飢えをしのぐ。
 だが決して、自分に『近しい者』を傷つけるような事はしない。ましてや、ナナキは仲間を、他の種族のソレよりも、ずっと大切にするのだ。だからこそ俺も、ナナキは仲間を傷つけないという事に、絶大な信頼を置いている。
「ちっちゃいねえ……」
 ぽお……と、まるでうっとりしたような声音で言うナナキの言葉に、ユフィがくすくすと笑った。
「なあに?」
 ナナキは、不思議そうにユフィを振り返った。
「ナナキに比べたら、人間なんて誰だって小さいって」
「ちげぇねえ」
 誰からともなく笑いが起こる。
「あ……起きちゃった」
 ティファの声に、ナナキが慌てて身を伏せて赤ん坊から身を隠した。
「大丈夫よ。目は開いてても、見えてないのと同じなんだから」
 きっと、そういう事でもないのだろう。ナナキは、大型肉食獣の体臭が、赤ん坊に悪い影響を与えると思っているんじゃないだろうか。
「うん……でも……」
「祝福してちょうだい。お願い」
 ティファの、優しく請う瞳に、ナナキはやっとその体を起こした。そうして、赤ん坊に顔を近づけると、小さく何かの言葉を唱える。『健康と幸運の呪言(まじない)』だと……シエラさんの時に聞いた気がする。
 赤ん坊は、そのつぶらな瞳をいっぱいに見開いて、じっとナナキの顔を見ていた。

         §         §         §

「……そうだ、ねえ、この子、なんて名前なの?」
 ナナキの言葉に、その場にいた一同の視線が、一斉に俺へと集中した。
「そういえば……」
「聞いてないような……」
「気がするぞ」
 シエラさんが顎に手を当て、ユフィが腕組みをして、バレットが唇を歪めた。
「……言ってなかったっけ?」
 ティファが、今更のように目を見開いて言った。
「オレ様ぁ、その子が男だか女だかも聞いてねぇぞ」
 火を付けようとして、とうとうライターをシエラさんに没収されてしまったシドが、頭をガリガリと掻きながら言う。
 視線が、ナナキの尻尾の先の炎に注がれているが、さすがにそこまでするつもりは無いらしい。
「女の子よ」
 わからないの? とでも言いた気な顔で、ティファはシドを見た。

 いや……父親の俺が言うのもなんだけど……わからないと思うぞ。俺も。

 ティファの表情から、旗色が悪くなったのを感じたのか、シドは慌てて俺を見て言った。
「そ、それで名前はなんてぇんだ?」
「ずっと……ティファとも話して、考えてたんだ」
「決まってるのか?」
 バレットが、さも「意外そうに」言う。
 皆の視線が俺に集まる。
「……ああ」
 ティファを見ると、彼女は小さく肯いた。
 俺は皆の顔を見渡して、一言一言しっかりと、噛み締めるようにして、言う。
「名前はアーシェス。アーシェス=ストライフだ」
 一瞬の間。
 皆、その名を思い描き、反芻して思い思いに肯いた。
「アーシェス……」
「うん……きれい」
 ナナキが目を細め、マリンがにっこりと笑う。
「奇麗で素敵な名前ね」
 シエラさんの言葉に、ティファの頬がほころんだ。
 もう一度赤ん坊を、愛しそうに見る。
 赤ん坊。
 子供。
 俺の子供。
 二人の子供。
 アーシェス=ストライフ。
 その名前は……。
「アーシェス?」
「アーシェス……ねぇ……」
 ただ、バレットは視線を宙に泳がせ、シドは意味ありげに顎に手をやり、ニヤリと笑う。
「…………ねえ…………ひょっとして…………」
 口元に指を当てて何か考えていたユフィが、俺を見て言った。
「ああ……多分、お前が考えてる通りだよ」
「じゃあ……」
「AERSHESSE……エアリスから、名前をもらったんだ」
「いいの?」
 ユフィは身を乗り出すようにして俺を見ると、唇をちろ……と嘗めた。
「だって……この前うちに来た時に二人で話してた名前は……」
「いいんだ」

 エアリス。

 その名を口にした途端、皆の顔が神妙なものへと変わった。
 その名は、俺達にとって、それ程『力』を……、そして『意味』を持つものだからだ。
「俺は……俺とティファは、どうしても彼女の事を胸に置いておきたい。住まわせておきたい。いつも見守っていて欲しい。俺を、ティファを、そしてこの子を」
「だからって……」
 ユフィが苦しそうに、痛そうにティファを見た。
 お前の言いたい事はわかるよ。
 でもな……。
「いいの。……実はね、言い出したのは、私の方なの」
「ティファが?」
 バレットが、驚いたように彼女を見た。
「うん。今の私がいるのは……今のクラウドが……二人がいるのは、エアリスのおかげだもの。エアリスが教えてくれた。
 素直になる事。
 自分と向き合う事。
 相手を想う事。
 自分を想う事。
 それを、私は忘れたくない。ううん忘れるわけない。でも、いつも胸に想っていたいの」
 ティファは赤ん坊を見つめ、その産着を整えながら、囁くように、呟くように話す。
「じゃあ……どうしてそのまま『エアリス』にしなかったの?」
「わからない」と言うように首を傾げ、ユフィは疑問を口にした。
 俺はユフィの問いに答えようとして……どう説明すればいいか一瞬言葉に詰まってしまった。
 気を落ちつかせながら窓際に歩み寄り、その窓枠に軽く腰をかけて、外からの風を感じる。
 早春の風は、昨日までと違って温かい。
 風にわずかにそよぐカーテンに目をやって、そしてそのまま視線を落とした。
 言葉は、ゆっくりと形をとりはじめる……。
「だからと言って、過去に縛られて未来を見られなくなるのは……それは、エアリスの遺志じゃない……そう思ったんだ。
 昨日より明日を。
 昨日より、もっと素晴らしいものが手に入るかもしれない明日を、エアリスは見つめていた。
 だからこそ、その明日を、俺はこの子に与えたい。見せてやりたい」
 俺は、口をつぐみ、じっと俺の言葉に耳を傾ける一人一人の顔を見つめて、そして言った。
「『愛しい人、大切な人……その人の心、想いを忘れたくない。いつまでも覚えていたい』。
 そう思う事は自然だ。
 でも、この子にとっては、どうだろう?
 この子はこの子だ。
 過去に囚われて、その『愛しかった人』と重ねられる事を、この子が知った時、俺達は何て言えばいいんだろう?
 『お前はあの人のようになれ』
 そう言われ続けているような息苦しさに、哀しんだりはしないだろうか?
 『本当の私は、いらない人間』だと、そう思ったりしないだろうか?
 『私は私じゃなくてもよかった』
 この子がそんな風に考えて苦しんだりするのは、絶対に嫌なんだ。
 『愛しい人』『大切な人』『大恩ある人』『偉い人』。
 そういう人から名前をもらうのは、構わないと思う。
 けれど、俺達が引きずったままその名前を愛しい子に付けるのは、この子にとって幸せなんだろうか? 良い事なんだろうか?
 そう考えた時、俺は、“また”自分の事しか考えていなかったんだな……って、そう思ったんだ」
 話し終えて、俺は皆を見た。
 軽い興奮が俺を包んでいる。
 今まで胸に押し込めていた想いを吐き出したからだろうか……。
「……クラウドらしいね」
 ユフィが、肩まで伸ばした髪を掻き揚げた。
 窓からの光に、イヤリングが光を反射し、きらめく。
「ああ。バカだ」
「それもとびきりのな」
「とびきり素敵なバカだね」
 無遠慮なシド、バレット、ナナキの言葉が、なぜだか嬉しい。
「アーシェスちゃん……」
 伸び上がり、つま先立ちになって、そっとアーシェスの頭を撫でるマリンが愛しかった。
「お姉ちゃんになってあげてね」
 ティファが目を潤ませて、マリンに言う。
 マリンは嬉しそうに、誇らしそうに、力強く肯いた。

 命芽吹く季節。
 温かな、命溢れる季節。
 俺達の『明日』は、これから俺達に何を見せてくれるだろう。
 無垢な瞳で、何を見つめていくのだろう。

 伝えたい言葉は、溢れるほど胸に、あるのだ。

 お前に見せるよ。
 この世界を。

 お前に伝えるよ。

 俺達が愛した……春に芽吹く若葉の様に、鮮烈に生きた……
 一人の女性の物語を……。


         −おわり−

■■[LIPS]『Piece.05』「二人の明日」〜ようこそここへ〜■■

「2012/06/24 00:00」投下開始
「2012/07/08 00:00」完了
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