■感想など■

2012年07月28日

【ボクキミ】ユウ7

■■【7】■■

 11月03日、木曜日。

 『7』人分の精液と、ヘドロのような穢れた魔力を体内に溜め込んだ次の日。
 泥のような眠りから目覚め、優也はまず最初にケータイを開いてメールをチェックした。
 メールは、無かった。
 それだけで安心して、涙が出そうになった。
 今日は学校に行ける。

 ──カナちゃんに会える。

 そう思うだけで、心が沸き立った。
 食欲は無かったが、母に心配させたくなくて朝食を無理矢理胃に詰め込みんだ。
 食事中、母から“今日はウルフ中央議会に出席するため、帰りは明日になる”と聞いた。
 最近、母の外出はウィッチやウルフとの会議や会合が増えている。理由を聞いてもはぐらかされてしまうばかりで要領を得ないのは、自分がまだまだウィッチとしては半人前で、人の事よりもまず自分の事を先に考えなさいという母の思惑からだと知っていたから、深く追求はしていなかった。
 いつか、その時が来たら母の方から教えてくれるだろう。
 今までもそうだったから、優也は努めて明るく陰の無い笑顔で「がんばってね」とだけ声をかけ、先に出るという母を玄関で見送った。

 登校中も、「彼」からのメールは無かった。
 ひょっとしたら、昨日で終わりなのだろうか?
 見知らぬ男達にユウの姿でキスされ、おっぱいをオモチャにされ、あそこを弄られる……そんな、気が狂いそうなほど強烈で、死にたくなるほど嫌悪を抱く行為は。
 もしそうなら、自分は「彼」を許さなければいけない。それがどんなに辛い事だとしても、哉汰は「彼」の真実の顔も、自分が「彼」にされた事も何も知らないのだから、このまま何も知られる事無く全てを終える事こそ重要なのだ。
 そんな事を考えながら登校し、教室の後ろの入り口から、哉汰の背中を見たら泣きそうになった。
 でも泣くわけにはいかなかった。
「カナちゃんおはよー」
「カナちゃん言うな」
 いつものセリフでそう言いながら振り返る哉汰が眩しかった。
「あ〜……そういえばユウ」
「え?」
「昨日……」
「ん?」
「あ、いや……。なんでもない」
 どうしてだろう。
 哉汰の顔を見ているだけで幸せだった。
 胸がぽかぽかして、あったかくって、くすぐったくて、自然と笑顔が溢れた。
 嘘偽りのない、本当の笑顔だった。
 でも、その笑顔も、
「どうしたの?」
 哉汰が何か言い淀んでいるのを不思議に思って、問いかけるまで、だった。
「お前、ケータイが壊れて連絡出来なかったって言ってたろ? もう大丈夫なのか?」

 ──息が詰まった。

 笑顔が引き攣りかけた。
 昨日送ったメールは、無事に哉汰に届いていたのだ。
 パニックを起こしかけていた頭で、懸命に用意していた言葉を思い出した。
「……うん。母さんに新しいのを用意してもらったから」
「そうか」
「うん。そういえばさ、めちゃめちゃに壊れたんじゃなかったら、中のシムカードっていうのを抜いて、同じキャリアの端末に付け替えれば、普通に使えたんだね。初めて知ったよ」
 早口にならないように、顔に出ないように、慎重に、でも哉汰が口を挟まないように言葉を綴った。
「ばーか。そういうのは基本情報として知っとけよ」
「そうだね。カナちゃん」
「カナちゃん言うな。……っていうか、ケータイが壊れたって……今回はそんなにヤバかったのか?」
「まあ、その、いろいろね」
「色々って……大丈夫なのか? 怪我とか」
 心配そうな哉汰の瞳に、優也の胸が“きゅうう”と痛んだ。
 金曜日に哉汰と別れてから3日間の、たった3日間の間に起こった様々な出来事が、フラッシュバックのように脳裏に浮かぶ。
『カナちゃん、ボクね、他の人とキスしちゃった。ユウのおっぱいも、あそこも、いろんな人におもちゃにされちゃった。ごめんね。でも、安心して。大丈夫だから。全然、そんなの、大丈夫だから』
 言いたくても言えない言葉が、今にも口から飛び出してしまいそうだった。
「……心配、してくれるの?」
「あ、当たり前だろお前」
 怒った顔で睨み付ける哉汰が、本気で怒っているのがわかって、優也は泣きたくなるくらいに嬉しかった。
 哉汰がこうして心配してくれるだけで、自分はまだ頑張れる。
 そう思った。
「大丈夫。変身中に負った傷とか痣(あざ)とか、よっぽどの怪我じゃなければ、元の姿に戻れば治るから」

『大丈夫。変身中に付けられた指のあととかキスマークとか、よっぽどの怪我じゃなければ、元の姿に戻れば消える』

「カナちゃんが心配するようなことは無いよ。大丈夫。全部治るから。だから、ちょっとの事くらいなら我慢すれば……」

『カナちゃんが心配するようなことは何も無い。大丈夫。全部無かったことになる。だから、ちょっとほかの人に体をおもちゃにさせるくらい、ボクが我慢すれば……』

 哉汰に言いながら、心の中では自分に言い聞かせた。
 今はそれが、精一杯、だった。
 その時だ。

 ──「彼」が、来た。

 哉汰の後ろから、こちらに歩いてくる。
 笑みが凍る。
 今度こそ顔が引き攣る。
「ユウ?」
 駄目だ。
 哉汰が不審に思ってしまう。
 哉汰に気付かれてしまう。
「よう。何話してんだ?」
 「彼」の言葉に、凍った笑顔のまま、びくっと体が震えた。
 「彼」は変わらない、いつもと同じ笑みを浮かべて哉汰と優也の近くに立った。
 動悸が激しくなり、汗が吹き出る。
 哉汰が「彼」に何か話しているが、何を話しているのかまるで頭に入ってこない。哉汰がこっちを見て目で何か言いたそうにしているが、よくわからなかった。
 哉汰と「彼」の会話が、まるで頭に入ってこない。
 困った。
 どうしよう。
 何か言わないといけないだろうか。
 いつものように。
 いつもの、

 ──見上げた時、「彼」の唇が優也の目に入った。

 昨日、6人目の相手が終わったのは、夜の8時過ぎだった。
 最後に届いたメールには「彼」のアパートに来るようにと記述されていた。
 だから、行った。
 一度変身を解いて、体を“綺麗”にして、それから。
 再びユウの姿で。
 思った通りだった。
 キスされた。
 すぐにおっぱいを吸われ、舐められ、しゃぶられ、揉まれ、甘く噛まれた。
 あそこもだ。
 「彼」がそうするのは、初めてだった。
 意識が朦朧として抵抗出来ないユウは、知らぬ間にベッドの上で脚を広げられて、たっぷりとあそこをしゃぶられた。
 指を挿し込まれ、広げられ、抜き挿しされながらクリトリスを吸われた。
 チョーカーは無い。

 だから声が出た。

 甘ったるい声だった。

 身も世も無い、ヴィブラートの効いた、震えるオンナの艶声だった。

 哉汰じゃないのに。
 「彼」なのに。
 自分をこんな風にした、憎い「彼」なのに。
 他の男に貸し出してる、憎い「彼」なのに。
 指が1本から2本になり、その太さを膣孔が悦んで迎えた。
 いやらしい湿った水音が響き、それを啜る音が響いた。
 ベッドの上で、目にいっぱいに涙が溜まり、滲んだ視界に彼の下半身が入った時、自然と手が伸びた。
 彼の股間を撫で、その膨らみ、熱さ、脈動する感覚に目眩がした。
 喉が鳴った。
 唾を飲み込んでいた。
「いいぜ」
 「彼」が言った。
 あそこをしゃぶられながら、意識を失いそうになりながら、ユウは何かに取り憑かれたように懸命にファスナーを引き下ろし、ベルトを外して、彼のズボンをパンツごと引き下ろした。
 ガチガチに硬く勃起した男恨が眼前ではねた時、ユウは子宮と膣が求めて啼いている意味を知った。
 そしてユウはこの日『7』人目の男の精液を、嬉しそうに、美味しそうに、艶やかに笑みこぼれながら嚥下したのだった。

 一瞬でそこまでの記憶が脳裏に浮かんだ優也は、ハッとなって哉汰を会話する「彼」の唇から目を逸らした。
 何を考えているのか。
 なぜ、あんな事を思い出すのか。
 愕然となり、唇が震えた。
 自分は男だ。
 男で、哉汰の親友で、「彼」はその友達かもしれないけど男で、だから男とそんな風になった事を思い出してぼんやりするなんてのは、気持ち悪いだけだ。
「あ、ボク、現国の宿題まだなんだ。今日、当たるかもしれないから……」
 理由を付けて自分の席で俯いた。
 顔を上げられなかった。
 二人の会話を聞きながら鞄から教科書とノートを出して宿題を始めたが、苦笑するのが精一杯で、二人が何を話しているのかサッパリ頭に入ってこなかった。
 ふと、机の中に封筒が入っているのに気付き、一時限目の途中で中身を確認してみた。


 ──その中には、6万円入っていた。


§         §         §


 4時限目まで、何も無かった。
 メールも来なかったし、「彼」からの接触も無かった。
 そもそも「彼」自身、2時限目が終わった途端、体調が悪いとかで早退してしまったのだ。
 だから安心した。
 安心、してしまった。
 だが5時限目の途中に、恐れていたものが、来た。

「●●線▼▼駅1700直モデル」

 つまり、
【17:00に●●線の▼▼駅へモデル姿で直行しろ】
 そういう意味だ。
 そしてメールには画像がいくつか添付されていた。
 薄手のキャミソールとミニスカートを着て、ブーツを履いた女性の画像と、通販サイトのものらしい毛皮のコートの画像だった。
 キャミソールの下はノーブラらしく、濃い色の乳首が透けて見えていた。
 破廉恥な格好だった。
 完全に外国映画などでよく観る、娼婦の格好だった。
 この姿で、駅に来いというのか。
 しかも、ただ駅に来ればいいというものでも、ないのだろう。
 それだけで済むはずも無い。
 「彼」はユウに、

【本物の娼婦になれ】

 そう言っているのだ。
 娼婦がする事は、ただ一つ。
 それを今日、「彼」は自分にやらせようというのだろう。

 唇は穢された。

 おっぱいを穢された。

 あそこさえもが穢された。

 そして最後に残った純潔まで、「彼」は穢そうというのか。

 授業中だというのに、目に涙が溜まってこぼれそうだった。
 終わってなどいない。
 何も終わってなど、いなかったのだ。
『カナちゃん……』
 親友の背中を見詰めた。
 この背中を護れるのは自分しかいない。
 自分一人が耐えれば、この人を護れるのだ。
 あの夜に見た、無邪気な寝顔を護れるのだ。
 そう思えば、どんな恥辱も屈辱も苦痛も後悔も、耐えられると思った。

§         §         §


 放課後の帰り際、哉汰から「一緒に帰るか」と誘われた。
 もう何日も、彼からの“ちゃんとした”魔力供給を受けていない。
 それだけではない。
 このままでは、最近ようやく安定しつつあった彼の魔力回路に支障が出てしまう可能性があったから、今日を逃してしまうと危険だという思いもあった。
 一昨日の深夜に、哉汰の部屋に“侵入”してまで行ったキス。
 あのキスだけでは、魔力供給という観点からはともかくとして、魔力回路の施術整備(メンテナンス)という点では、どう考えても不完全なのだ。
 でも断るしか無かった。
 ぎこちない笑みしか浮かべられなかったが、どうにか「園芸部の仕事があるから」と理由を付けて。

 ──夜に。

 ──“全て”が終わった、その後に。

 そう心に誓いながら、校門から哉汰が出て行くのを教室で確かめた後、急ぎ向かった園芸部の部室で、ユウへと変身した。
『カナちゃん……』
 ユウへ変身すると、優也であった時よりももっとダイレクトに、哉汰への感情が溢れるようだった。思考とメンタリティがごく自然に、オンナのそれへと変化するからだろうか。
 優也であれば躊躇してしまう領域まで、思考が広がってゆくのだ。
 それは「愛しさ」という感情だった。
 今からの数時間を我慢すれば、夜には哉汰の部屋を訪れ、10月28日金曜日の夕方から、実に6日振りにまともな魔力供給を得る事が出来る。
 ちゃんとした「キス」が出来る。
 キスをして、彼のあたたかな唇と舌と、口腔内全ての味と香りと舌触りを味わって、それから両方のおっぱいを吸って貰いながらたっぷりと“可愛がってもらう”のだ。
 そんな、恋するオンナそのものとさえ言える、思考の展開であった(そもそも“可愛がってもらう”などという考えは優也の時には意識に昇る事さえ無いのだから)。

 そしてその思考は、そのまま身体を動かす力となる。

 ユウは魔石の力を頼りに、誰にも見咎められる事無く、学校から▼▼駅の駅前にあるショッピングセンターまで低空高速飛行で飛び、躊躇いも無く、そこの女子トイレへと入った。
 そして今度はトイレの個室で、4日前に姿を変えた、あの「モデル姿」に変身したのだった。
 だが今回は身に着ける衣服は初めから決められているため、あの時のようなセーターとスラックスではない。
 ケータイを開き、メールに添付されていた画像を確かめる。
 変身してもケータイは持っていろと、昨日の夜、「彼」に言われたのだ。ケータイは、変身の際に体から離しておけば、優也の身に着けていた服や眼鏡と一緒に消える事は無かった。だがその代わり、優也とユウ(とモデル)は全く同一のケータイを使う事になるため、注意が必要だった。
 ユウは添付画像の通りに、薄手のキャミソールとミニスカートの上に毛皮のコートを着て、脚にはブーツを履いた。
 むちむちの体に着けるには、さすがに扇情的過ぎる格好だと、ユウは自分でも思った。大きく開いたノーブラの胸元では、少し大きめの乳首が存在を主張して薄く透けているし、白くてむっちりと脂ののった太腿を全く隠していないミニスカートでは、歩くだけで今にもTバックが見えてしまいそうだった。

 哉汰には決して見せられない姿だ、と思う。

 もっとも、今のこの格好は、いつもの魔女コスと、肌の露出という点ではほとんど変わらないはずだ。
 でも、魔女コスの方は哉汰の前だと不思議と恥ずかしさを過度に感じない……というか、哉汰になら見られても構わない……いやむしろ「見て欲しい」という気持ちさえ芽生えているのに、こちらはどうしようもなく恥ずかしく感じてしまう。
 もし哉汰に見られでもしたら、死んでしまいたくなるくらいに。
 逆に、哉汰でなければ相手が誰であろうとも過度に羞恥を感じないのは、それが、どこの誰とも知らぬ男だからだろうか。
 そこには相手を意識「する」か、「しない」か。
 その決定的な違いがあるのだろう。
『あ……』
 トイレの大きな鏡を見れば、そこには長い黒髪をストレートに背中へと垂らし、サングラスでしっかりと目元をガードしている──

 ──破廉恥女がいた。

 どう言い繕おうが、娼婦としか言いようが無い姿だ。
 それでもユウは胸を張った。
 ツンと顎を上げてみた。
 周囲に誰もいない事を確かめてから、ファッションショーのモデルのように腰に手を当て、上半身を軽く捻ってみた。
 どこから見ても、これがあのウィッチ・ユウと同一人物とは、誰にもわからないだろう。
 高階や母には疑われる可能性があるが、ウルフや他のウィッチには、ちょっと見ただけでは、きっとすぐにはわからないに違いない。
 ユウは自分にそう言い聞かせ、小さく息を吐いた。
 決意を固め、感情を押し込め、闘いに望む戦士のような気分で鏡の中の「娼婦」を見た。
 大丈夫。
 ケガレとの闘いを思えば、どうという事はない。

 大丈夫。

 大丈夫。

 そう心の中で呟きながらトイレを出る。
 ノーブラのおっぱいが重たく揺れ、胸元が大きく開いた薄いキャミソールをすり抜けた風が、白い肌を舐める。
 ミニスカートが翻り、Tバックからはみ出た尻に誰かの視線が突き刺さる。
 11月の冬にするような格好ではないからだろうか。人々の奇異なものを見るような視線が痛い。中にはアダルトビデオの撮影かと周囲にカメラを探す男もいた。
 やがて、道行く人に無遠慮に見られながらショッピングセンターを出たところで、ケータイに着信があった。
 メールには【駅の改札口近くにいる男に会え】と「彼」からの「命令」があった。
 果たして、▼▼駅の改札口に近いロータリーの路上には、スポーツタイプで、面構えが見る者に挑戦的な印象を与える、青い高級車があった。その傍には金髪の、ひどく軽そうな青年が立っている。
 この男が、今日の「客」なのか。
 絶望と恐怖と心因的圧迫感と……様々な精神的苦痛が何重にも押し寄せて、体の震えが止まらなかった。

 逃げたい。

 でも、逃げられない。

 高そうなジャケットを着こなし、革靴がピカピカに光っている金髪青年は、口元にニヤニヤとしたいやらしい笑みを浮かべていた。
 周囲を見回すが、青年以外にはそれらしい人影は無かった。
 助手席を開けてユウを紳士的に招き入れる青年は、ひょっとしたら「紳士」なのかもしれない。
 もしかしたら、最後までは求められることも無いかもしれない。
 よしんば、求められたとしても話せばわかってくれるのではないか?
 ユウはそう思い、一縷(いちる)の望みをかけた。


 ──そしてその思いは、当然のように裏切られた。


§         §         §


 助手席に乗り込む前に、首にあの赤いチョーカーを巻かれ「ルーン」を唱えられた。
 裏切られたような気持ちでいっぱいになったが、仕方ない。
 これで、もう声は出せない。
 何をされようが、懇願も出来なければ、誰かに助けも呼べない。
 魔法はキャンセルされ、敵性人物から身を護る最低限の力以外は封じられる。
 今更ながら、今ケガレに襲われたらひとたまりもない事に気付く。
 体が震え、恐ろしさに呼吸が乱れそうになって歯を食いしばった。
 母によく「危機感が足りない」と言われていたのを思い出したが、全てが遅過ぎた。
 覚悟を決め、座り心地の良い助手席に身を沈める。
 と、運転席に座った男にすぐ抱き寄せられ、強引にキスされた。
 先日の車と違い、今日の車はフロントガラスを含めて全ての窓はスモーク処理がされていない。つまり、こちらが外を見られるのと同様に、外からも中を覗けるということだ。
 慌てて首を背けながら男の腕を振り払おうとしたが、逆に男を喜ばせてしまったようだった。男の顔は嬉しそうに笑み崩れ、抵抗するユウを抱きすくめて唇を、舌を、歯茎を、口腔内の粘膜という粘膜をねっとりと舌で愛撫した。
 駅前の、改札口に近いロータリーの路上だった。
 当然のように歩道を人が行き交っている。
 様々な人々の視線が、時に無遠慮に、時に盗むように投げかけられ、それがユウの体の奥底の貪欲な欲望をじりじりと弱火で炙るように刺激した。

 程なく男は車を発進させた。
 何分、いや、何十分そうしていたのだろう?
 時間の概念が、既に希薄になっていた。
 ユウは口の周りを唾液で濡らしながら、ぐったりとシートに身を任せ、朦朧とした意識で外の景色を眺めていた。
 これは、もういつものパターンだ。
 そう思った。
 そして、その通りになった。
 力の入らないユウは、運転席の男の伸ばした左手で体をいいように弄られ、無理矢理に快感をほじくられ、揺らされ、攻められ…………そして、めちゃくちゃに、

 ──濡れた。

 11月ともなると、17時を過ぎ日が落ちれば、急速にあたりは暗くなってゆく。その中を、ユウを乗せた車は、人気の無い場所を選ぶようにして夜道を駆けた。
 男は右手で軽やかに運転しながら、左手でユウの髪を、首筋を、おっぱいを、腰を、そしてあそこを触った。
 そして時々、周囲の様子を確かめてから数分間停車する。
 それを何回も何回も繰り返した。

 人家から離れた林道。

 車の出入りの少ない、立体駐車場の屋上。

 夜の港。

 車の通らない線路沿いの道。

 閑静な住宅街にある公園の横。

 暴走族やヤンキーの来ない夜の道の駅。

 高校のグラウンド横。

 小学校の校舎裏側のフェンス横。

 郊外のコンビニの駐車場の一番端。

 様々な場所をぐるぐると何度も周回するように巡った。
 停車する度に抱き寄せられてキスし、キャミを捲り上げられて生のおっぱいを揉まれ、吸われ、嘗められてしゃぶられた。
 キスされながらおっぱいを弄られ、そしてスカートの中に手を挿しいれられて、あそこを指で嬲られた。
 この間、別の車で別の男におもちゃにされた時は、キスとおっぱいだけだった。

 でも今日は違う。

 あそこも男の指が積極的に攻めた。

 まるで「解禁」されたかのようだった。
 キスされながら“くにくに”と包皮に埋もれたクリトリスを下着の上から捏ねられたら、それだけで腰がうねった。
 するりと下着の脇から指が巧みに滑り込み、直接やわらかい陰唇を撫でられ“くちゃくちゃ”と水音が聞こえた時は意識が軽く飛んだ。

 ──抵抗は、出来なかった。

 いや、半ば強制的に抵抗力を剥ぎ取られていた。
 すぐに男は大胆になり、ミニスカートを捲り上げてTバックの中へと何度も手を突っ込んだ。
 舌を吸われ、唾液を飲まされ、唇の裏側を“にゅるにゅる”と嘗められながら、あそこ全体を指で“くちゅくちゅ”と掻き混ぜられてはたまらなかった。
 男の指は陰唇を撫で、なぞり、押し広げ、摘んで、引っ張った。
 包皮からクリトリスを剥き出して膣液をたっぷりと塗(まぶ)した指で捏ね回され、何度も意識が真っ白になった。
「イク時はイクって言いな」
 男はそう言ったが、もちろん今の自分に声は出せない。
 そう思ったが、逆にそれを利用して何度も何度も口にした。
 叫んだ。
『イク! イクイクイクッ……イクイクイクッイクイク……イッちゃう! イクの! イクのッ!』
 音として発せられない破廉恥な言葉は、誰にも聞かれない安心感からどんどん大きく、大胆になっていった。
 でもそんな強烈な快美感も長くは続かなかった。
 数分で車は発射し、男の指はあそこを離れてしまうからだ。
 まさに生殺しだった。
 だから、男に触られていない時間が、とても長く感じていた。
 意識が白濁し、朦朧とし、いつしかユウの頭の中は“そのこと”でいっぱいになっていた。

 次はどこに停めるのだろう?

 あと何分で触ってくれるのだろう?

 今の道は暗くて人通りが無くて、あそこに停めれば良かったのに。

 ここはイヤ。あそこに車が停まってる。

 さっきの場所じゃ駄目なの?

 ここに停めるの? ここ?

 運転する男がどこに停めるか、いつ停めるか、停めるのに適した場所はどこか。
 そんな事ばかり考えていた。
 そして、それはもう何度目かわからない停車時のことだ。
 車内の時計のデジタル表示は、8時15分を過ぎていた。17時過ぎに助手席に乗り込んで、キスや愛撫でとろとろにされてから、もうかれこれ3時間は経ってることになる。
 すっかり“出来上がった”ユウは綺麗な上気した顔を胸元までピンクに染め、おっぱいは重たく張り、乳首は充血して硬く勃起していたし、あそこは“とろとろ”の“くちゃくちゃ”で、いつしかTバックはすっかり脱がされてノーパンにされていた。
 その脚を、ユウは自分から男がいつ触ってもいいように、狭い助手席の中で大きく広げているのだ。
 リクライニングが少し倒されたシートで、力無く両腕を体の脇に垂らし、キャミソールもスカートも捲り上げられて、おっぱいもあそこもすっかり晒している図というのは、卑猥とかエロティックとかを通り越して、滑稽ですらあった。
 停車した車は、エンジンを切っていた。
 場所は閑散とした住宅街のようだった。
 しかも、どこか見覚えがある。
 ユウには、それがわかった。
 夜にサングラスをかけていれば、普通であればほとんど何も見えないはずだが、この姿でもエンチャント(魔力付加)が有効なためか視力補強によってほぼ支障無く見えているのだ。
 だが、リクライニングが倒された状態では、周囲の様子はハッキリとはわからなかった。
 周囲の景色に見覚えがあるような気もしたが、今は運転席の男の方が気になって、正直、それどころではなかった。早く触って欲しくて欲しくて、あそこからはとろとろと膣液が垂れているのだ。
 男はエンジンを切ってから、周囲を少し眺めると、間を置かずにすぐ覆い被さってきた。

 キス。

 そしてキス。

 もう何度目かもわからない、熱烈な唇と舌の動きに、再びあっという間に意識が飛んで、頭に靄がかかったようになる。
 “もにゅもにゅ”とおっぱいを大胆に揉まれ、勃起した乳首を摘まれ、捏ねられ、引っ張られ……唇が離れたと感じてすぐに、今度はそのおっぱいに、乳首に、男の唇が吸い付く。
『あはぁ……きもちいい……きもちいいよぅ……カナちゃぁん……』
 声が音として空気を震わせる事が無いのをいいことに、ユウは男の行為を哉汰に置き換えていた。
 哉汰にされていると思うことで、無意識に少しでも嫌悪感や罪悪感を軽減しようとしたのかもしれない。
 男は再び情熱的なキスを再開すると、右手を太腿に間に差し入れ、その付け根の肉裂をこじ開けて、節立って太い指を奥深くまで挿し込んでいった。
『あああぁああーーーーーー!!!』
 思わず男の右手を掴んだユウは、頤(おとがい)を逸らして涙をこぼした。
 膣内で指が踊っている。
 指は2本だった。
 根本まで入ってる。
 指の付け根を膣口が“きゅうきゅう”と締め付けても、男の指はたやすく出入りし、うねり、こりこりとした部分を何度も擦り上げる。
 それはたっぷりと染み出し、濡れた愛液のおかげだった。
『イ……イクッ!!! イクぅううううっ〜〜〜〜ッ!!!!』
 “きひっ”と食い縛った歯の間から空気が漏れ、“ビクッビクッビクッ”と二度三度と体が跳ねた。
 もう、完全に“イキ癖”が付いている。
 男がどこを、何をどうしようが、“出来上がった”ユウの体は反応してしまうようになっていた。
「おい」
 一瞬、気を失っていたらしい。
 ユウが涙で潤んだ目を開けると、男は「彼女」の左手を取って自分の股間に導いた。
「わかってんだろ?」
 熱い。
 自分の指の触れたものを見て、ユウは思わず喉を鳴らした。
 男はファスナーを引き下ろし、そこから肉色の太茎を“ぼろん”と出していたのだ。
「早くしてくれよ」
 男が何を求めているのかは明白だった。
 “それ”をするのが当然とでも言いたげな男の口調にムッとしたが、悔しいかな、目がそれに釘付けになっている。
 太い。
 少なくとも男の時の自分──優也のものより一回りも二回りも太かった。
 そして血管が浮き出ていて、亀頭が赤黒くてらてらとしていてグロテスクだ。
 ユウは少し躊躇ったが、男にしつこく何か言われると、ゆるゆると左手を伸ばし、男の剛直を掴んだ。
『ああ……すごい……』

 熱い。

 熱くて、硬い。

 海綿体に流入した血液が、手のひらにその熱を伝えてくる。
 自然と口が笑みの形に歪みかけるが、ユウはそれを男に知られないよう唇を引き結び、懸命に左手のモノをしごいた。
 先端から透明でぬるぬるしたカウパー氏腺液が滲み、それが垂れ落ちて潤滑液となる。“にっちゃにっちゃにっちゃ…”とリズミカルに手を上下させるうちに、窓を閉め切った車内に性臭が満ちて、ユウの鼻腔をたまらなく刺激した。

 “ごくり”と喉が鳴る。

 口腔内に唾液が溢れる。

 唾液は、口を開いたらすぐにでも垂れそうだった。
 手を離せば、剛直は熱く、硬くそそり立ち、外から射し込む街灯の光にぬらぬらと光っている。
 やがて男はユウの耳元に口を寄せ、
「頼むよ」
 と囁き、そのままシートに座りなおした。
 耳に吹きかかる男の熱のこもった吐息が、ユウの意識を揺さぶる。
 ユウは乱れた長い黒髪を右手で直しつつ、まるで男の言葉に操られるかのように、素直に“コクリ”と頷いた。
 そこにはほんのひとかけらの逡巡しか無かった。
 助手席で姿勢を整え、ゆっくりと唇を舌で濡らす。
 ドキドキした。
 くらくらした。
 期待感で胸が高鳴り、これから味わうだろう苛烈とも言える強烈な快美感を思うと目眩さえしそうだった。
 そして男の股間へと上体を倒し、顔を寄せていったその時、
『っ!?』
 ダッシュボード越し、プロントガラスの向こう、前方の電柱の陰に、誰かがいたような気がした。

 気のせいかもしれない。

 気のせいだと思う。

 “彼”がこんなところにいるはずがない。
 “彼”がこんなところにいる理由がない。

 “彼”が──哉汰が、こんなところで、


 ──自分のこんな姿を見ているなんて。


 だが、男の男恨を咥え、口内にその熱と匂いと味を一度に感じた途端、それらの疑問・疑惑・焦燥・恐れなどのないまぜになったぐちゃぐちゃの思考は、あっと言う間に霧散し、消えた。
 後は男に髪を撫でられながら、今を感じるだけ。
 口内の“美味しい肉”を味わうだけ。

 ただ、それだけだった。

§         §         §



 ──覚悟はしていたが、やはり泣いた。


 全てが終わったあとの事だ。
 もし自分がユウの姿でエッチするとしたら、相手は哉汰以外考えられなかったから。
 だから泣いた。
 泣けて泣けて仕方なかった。
 いつか哉汰とエッチ出来たらいいなと、本当は心のどこかでずっと思っていたのかもしれない。
 哉汰に申し訳なくて悲しくて苦しくて、一人泣いた。


 車内で男のモノを頬張り、喉を滑り落ちるどろりとした精液を感じた直後から、意識はいとも簡単に跳んでいた。
 それから、泥酔したような、意識が混濁し足腰が立たない状態で、両側から支えられるようにして赤い絨毯の廊下を歩いた記憶が断片的にあった。
 どこかのホテルらしい一室に、いた。
 金髪男に抱き締められた。
 そうだ。
 強く強く抱き締められながら、ディープキスされた。
 キスしている男の他にも誰かがいたような気がするが覚えていない。
 ベッドはふかふかだった。
 シーツは真新しかった。
 少しひんやりとしていて、それが火照った体に心地良かった。
 キャミソールを首元まで捲り上げられ、おっぱいをじっくりと見られている感覚があった。
 でも目を開けても涙が溜まって滲んでぼやけて、何をどうされているのかもわからず、ただ唇を引き結び、顔を逸らして、不安から逃れようとするしかなかった。
 世界が回り、手足に力が全く入らず、皮一枚残して体の中に泥でも詰め込まれたような気がしていた。
 バシャッと音がした。
 視界が白く濁った。
 何だろうと思い懸命に瞼を開いた。
 ぼやけた視界の中で、金髪男がカメラを手に、何度もフラッシュを焚いていた。
『やめて……』
 声は出ない。
『やめて……撮らないでぇ……』
 声は、出なかった。
 顔を逸らすだけで精一杯だった。
 男にのしかかられ、身動きが取れない状態で好き勝手におっぱいを揉まれ、乳首を吸われ、キスされた。顔や首や胸元や脇や腹や……肌という肌を男の唇と舌が這い回った。
 あそこに男の手が触れ、広げられ、撫でられ、そして奥深くまで指が挿入された。
 膣壁や入り口付近を執拗になぶられながらキツく乳首を吸われたら気が狂いそうだった。
 包皮の上からクリトリスを押し潰すようにして捏ねられながら、おっぱいを何度か噛まれたら意識が跳んだ。

 もうだめ。

 いや。

 やめて。

 こわい。

 こわいの。

 カナちゃん。

 たすけてカナちゃん。

 たすけて。

 たすけて。

 あそこをしゃぶられ、舌で膣壁を嘗められ、クリトリスを“くにくに”と転がされると無意識に腰が“くねくね”とうねった。
 “きゅんきゅんきゅん”と子宮が切なげに啼き、乳首が痛いほど勃起した。

 泣きじゃくった。

 暴れた──つもりだった。

 押さえつけられた。

 哉汰を呼んだ。

 助けてと叫んだ。

 けれど当然のように声は出ず、金髪男に太股を抱えられたと思ったら、指じゃない何かが膣を“ぬるん”と強引に押し開いて、指では届かない所にまで“ぐっぐっぐっ”と入り込んできた。
 猛烈に、痛かった。
 体があそこを中心にして左右に割り裂かれるイメージに恐怖した。
 硬直した体が、男の侵入に耐えられなくて裂けてゆくイメージだ。
 下から──腰からぐいぐいと押されて体が上下に揺れた。
 ゆっさゆっさと体の上で巨大で重たいおっぱいが揺れた。
 膣壁を擦りながら何度も何度も出入りする、人肌なあたたかさの棒状のものを感じた。
 脚をM字に畳まれ、思い切り広げられたその中心に向かって、男が何かを夢中になって打ち込んできていた。


 なんとなく覚えているのは、そこまでだった。


 次に気が付いたのは、誰もいない部屋のベッドの上だった。
 天井が鏡になっていて、そこに自分がだらしなく大の字になって寝転がっていた。
 素裸だった。
 まるで子供に裸に剥かれ、飽きられて放り出された人形のようだった。
 気だるい体をなんとか起こし、周囲を見回した。
 人がいる気配が全く無かった。
 暖房の空調の音だけがかすかに聞こえる。
 有線らしいムーディな音楽が流れていると、その時に初めて気付いた。
 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
 しっとりと濡れた肌が、すっかり冷えていた。
 腕に鼻を近づけて“すんっ”と匂いを嗅ぐと、汗と唾液と、あと何だかわからないような匂い──でも嗅ぎ慣れた匂いが混じって、思わず顔を顰めた。
 ふと、枕元に先を縛った半透明でピンク色の、5〜6センチくらいある小袋が置いてあった。
 萎んだゴム風船に良く似ている。
 どちらも中に、たっぷりと白濁した液体が入っている。
 だからすぐにわかった。

 それは、使用済みのコンドームだった。

 2つあった。
 つまり2回、自分はセックスさせられた……いや、したのだ。
 ああ、そうか。
 それだけ思った。
 思ったよりショックが少なかった。
 ぼんやりとした頭でおっぱいを見下ろした。
 手の跡や歯型がいっぱいついていた。
 股間に手をやると、べちゃべちゃに濡れている。
 指で膣口付近に触れると、陰唇は開き、膣口はまだゆるく口を開けているのがわかった。
 男に散々好き勝手に「使われ」た後だった。
 指に付いた粘液の匂いを嗅いだ。
 かすかにゴム独特の匂いがした。
 精液の匂いはしなかった。
 ベッド上の照明コンソールで輝くデジタル表示は、夜の10時50分を過ぎていた。
 ベッドから立ち上がり、ふらつく脚でバスルームの鏡の前に立った。
 首の真っ赤なチョーカーが無くなっていて、ウィッチ・ユウの魔石が付いたいつものチョーカーだけがあった。
 サングラスも無かった。
 それで視界がクリアなのか、と思ったが、もうどうでも良かった。
 その代わり、

 首にも、

 胸元にも、

 おっぱいにも、

 お腹にも、

 太腿にも、

 男によってたくさんのセックスの残滓が刻まれていた。
 鏡の中の、長い黒髪の大人っぽい女性の顔が“くしゃっ”と歪んだ。
 俯き、肩を震わせ、しゃがみこみ、両手で顔を覆って、泣いた。
 後から後から涙が溢れて、止めようとしても止まらなかった。
「あ”ぁ〜〜〜〜……」
 声が出た。
 チョーカーが無いからだ。
「あ”ぁ〜〜〜……あ”〜〜〜〜〜〜……」
 ふかふかの絨毯の上にぺたんとお尻を落として、しゃがれた声で子供のように泣き続けた。

 ぶっ……ぶぅうううう……ぶりゅっ……

 押し込まれた男根のせいで膣内に入り込んだ空気が、まるで放屁のような音を立てた。
 それがそのまま、男達にされた行為の激しさ、長さを感じさせた。
 体の中が穢された。
 でも精液はまだ中に注がれていない。
 それだけは、わかった。
 もし膣に、子宮に、哉汰ではない他の見知らぬ男の精液を注がれたら、きっと自分はもう普通ではいられないから。
 変わって、しまうから。
 それがハッキリと、わかるから。
『カナちゃん……』

 哉汰に会いたかった。

 一目会いたかった。

 涙を拭い、立ち上がると、誰もいない部屋の中でウィッチ・ユウの姿に戻った。そして壁を透過して、そのまま一気に屋上まで宙を飛んだ。
 星が出ていた。
 街の灯で三等星までしかハッキリと視認出来ないが、雲一つ無い夜空はクリアだ。
 ユウはそこで一旦優也に戻ってから、すぐに改めてウィッチ・ユウへと変身する。
 その間、たったの数秒。
 けれどそれで、男に刻まれた体中のセックスの残滓が、綺麗に全て消えた。肌は滑らかで透き通るように白く、匂いも香しく優しいものへと戻った。
 体を重くさせていた気だるい感じも、全て消えた。
 これで全て元通りだ。

 リセットされた。

 何も無かったことになった。

 そのはずだった。
 でも消えなかった。
 体の中に蟠(わだかま)り、じんじんとした甘い感覚を残したいやらしく汚らわしい快楽の記憶。
 それが歪(いびつ)な杭のように打ち込まれたままだった。
 自分の体を抱いて背中を丸めた。
 キツく閉じた瞼から、涙の雫がぽたぽたと屋上の汚れたコンクリートの上に落ちた。
 見知らぬ汚らわしい男に「抱かれた」記憶だけは、これからも記憶から消える事はない。

 これは罰だろうか。

 「彼」が言うように、哉汰を騙すようにしてパートナーにし、散々「利用」してきた事への、手酷いしっぺ返しなのだろうか。
 ならば、きっと自分はそれを大人しく運命として受け入れなければならないのだ。
 哉汰を自分の都合で巻き込み、命の危険を明かさないまま、晒し続けてきた、その報いとして。

§         §         §


 哉汰の部屋を訪れた時、時刻は既に11時を過ぎていた。
 それでも、通常移動であれば20分はかかるところを、超高速で5分もかけずに空を駆けた結果だった。
 事前の連絡はしなかった。
 忘れていた。
 とにかく哉汰のところへ、一分一秒でも早く辿り着く事しか、その時のユウの頭には無かった。
 二階東側隅にある哉汰の部屋の窓の外に着くと、明かりは既に消えていた。だが、部屋の中に感じる哉汰の気配で、ユウには彼がまだ起きている事が随分と離れた位置からでもわかっていた。
 すぐにコツコツと窓ガラスを爪で叩き、カーテンの隙間から、パジャマ代わりのスウェットを着た哉汰を見た途端……涙が出そうになった。
 何か喋ると、それだけで目が潤み、嗚咽が漏れそうだった。
 だから、何も喋れなかった。

 電気の消えた部屋。

 レースのカーテン越しに射し込む、窓からの街灯の光。

 どこか幻想的なその淡い光の中で、哉汰の「匂い」が濃厚な密度で満ちていた。
 寒い冬の夜だ。
 空気の入れ換えを頻繁にしていないのだろう。
 その哉汰の体臭が、ユウの脳髄を直撃し、体中に張り巡らされた神経網によって形成される魔力回路を瞬く間にオーバーヒートさせる。
 瞳は潤み、口が渇いて何度も唇を舌で湿らせる。
 自分がどうしようもなく興奮し、欲情し、哉汰を今すぐ捕まえて拘束して思うさま味わいたいと渇望するのを、ユウは自覚した。

 ──男に、抱かれたから、だろうか?

 膣に男の陰茎を捻じ込まれ、何度も何度もオルガスムスを感じ、酔い、狂い、自分にあるなどとは思いもしなかった「オンナの本性」をほじくり出されたからだろうか?
 自分の様相は、いつもと違うのだろう。
 自分を見る哉汰の瞳に、様々な感情が浮かび上がるのが見えた。

 驚愕。

 疑問。

 期待。

 畏怖。

 ──畏怖?

 哉汰が自分を恐れている?
 今の自分は、そんなにいつもと違うのだろうか?
 そう思うものの、ユウ自身、それを律する事が出来ないのだ。
 二人の吐息だけが、哉汰の部屋でやけに大きく聞こえた。
 ユウが近付けば、哉汰はそれに気圧されるように後ずさる。
 最初に口火を切ったのは哉汰だった。
「ど、どうしたんだよユウ。いつもなら来る前にちゃんと」

 もう、我慢の限界だった。

 哉汰の唇が動き、舌が踊り、言葉を音として発した途端、理性が跳んだ。

 極上の生肉を目の前にぶら下げられたピューマでさえ、もっと鈍重だったかもしれない。
 それほどまでに、ユウの動きは素早く、しなやかで、そして獰猛だった。

 貪った。

 数日間飲まず食わずで人の住む街に辿り着き、最初に出された食べ物を口に入れた瞬間、その口腔内に感じる味や匂いや舌触りや刺激に我を忘れ、ただ貪欲に腹を満たし食欲を満たし心を満たす事だけに執着するのに似ていた。
 戸惑う哉汰の唇を味わい続けながらベッドに押し倒し、両手で彼の顔をホールドして、唇を、そしておっかなびっくり窺うような舌を嘗めて絡めてしゃぶって吸った。

 甘い!

 美味しい!

 ああ!

 ああ!

 これぞ至福!!

 これぞ官能!!

 これこそが本当の「悦び」!!

 彼の匂いにとろけた官能が揺さぶられ、甘露な唾液に喉が鳴る。
 硬直した彼が身じろぎする前に、彼の後頭部を左手で捉え、右手を背中に回して、両脚で彼の体を挟んで抑え込んだ。

 身動きなんか、させるものか。

 逃げようなんて、思っちゃダメ。

 ボクが満足するまで、離さないから。

「んむっ! ……むむむっ! ……むうっ!!」
 苦しげにうめく哉汰にも、ユウのキスは止まる気配を見せない。
 攻撃的で情熱的で扇情的なそのキスは何十秒も何分も続き、部屋中に荒い吐息と“ぺちゃぺちゃ”“くちゅくちゅ”と、唾液の混じり合う音が響いていた。
『あはっ♪』
 哉汰の太股に股間を擦り付けると、哉汰の若々しい力に満ちたアレがガチガチに勃起しているのがわかった。
 自分に興奮してくれているのだと思うと、このまま死んでもいいとさえ思えるほどに嬉しかった。
 魔力補給は、回数を重ねれば重ねるほどオルガスムスの深度も深くなり、補給される魔力も多くなる。それは、魔力回路の適合性が最適化され補強強化されるからだ。
 しかもユウと哉汰は、当初からその親和性において他のウィッチとパートナーとは比べものにならないほど、遙かに高かったのである。
 親和性と補給される魔力量と、オルガスムスの深度と性感の発達は、大抵の場合はイコールとなる。
 ユウの場合は性感を「彼」や男達によって開発、発達促進された分、哉汰との親和性も魔力の純補給量も格段にアップしていた……というわけだ。
『ああぁ〜……すごぉい……』
 絡み合う体を離せば、哉汰の体は熱を帯び、まるで燃えるように熱い。汗びっしょりの彼の体からは、濃い体臭が、彼に覆い被さるユウへとまるで湯気のように立ち上ってきていた。
 ユウの方も凄かった。
 さっきから乳首が痛いほど硬く大きく屹立している。
 あそこなどはもう大洪水だ。まるでお漏らしでもしてしまったかのように太股まで“ねとねと”の“ぬるぬる”で“ぐちゃぐちゃ”である。
『はぁ……ん……』
 会ったら我慢出来なかった。
 キスした。
 それだけで自分の中のどろどろとしたものが全て浄化された気がした。
 それだけでまだ頑張れると思った。
 頑張ろうと、思った。
 大切な親友。
 大好きなカナちゃんのために。
 でも、まだだった。
 まだ足りない。
 キスは、まあ、いいだろう。
 これくらいで許してやらないでもない。
 でも、まだだ。
 まだ足りない。

 もっと。

 もっと。

「ユ……ユウ……?」
 哉汰もユウも、共に鼓動が激しく呼吸も荒く、体中がカッカとして汗びっしょりだった。
 ユウは唇に付いた哉汰の唾液を舌でぺろりと舐め、覆い被さり組み伏せた、体の下の哉汰を見下ろして目を細めた。
『カナちゃん……可愛い……』
 女の子を襲う男の心理とは、こういうものだろうか?
 圧倒的優位な位置から、相手の全てを把握し、掌握し、コントロールする。
 そう。
 ユウには、今の彼の体の変化が、手に取るようによくわかっていた。
 自分も本当は男なのだから。

 ──男?

 本当にそうだろうか?
 男は、スウェットの股間をテントみたいに張ってガチガチになった親友のアレを、優しく撫でてあげたいと思うだろうか?
 親友の硬くなったアレを口に含み味わいたいと気が狂いそうなほど熱望するだろうか?
 舌で綺麗に嘗め、亀頭の先をちろちろとくすぐりながら滲み出た粘液を味わって嚥下したいと、願うだろうか?
 その時、哉汰の瞳に浮かぶ畏怖の色が、何に対してのものなのか理解し、ユウは一瞬のうちに頭が冷えるのを自覚した。

 畏怖。

 恐れ。

 恐怖。

 そうだ。
 哉汰は、「変わってしまったユウ」を、彼だけが変わらぬ心で感じ取っているのだ。
 それに気付いた時、
「……ッ……」
 ユウは急に立ち上がり、窓を開け放つと身を翻して躊躇いもなく飛び出した。
 路上に降り立ち、すぐに変身を解く。
 優也に、男に、戻る。
 たちまち体中に感じていた熱に浮かされたような感覚が消え、リセットされる。
 学校の制服に夜の冷気が忍び込み、優也は小さく震えて口元を押さえた。
「ユ……ユウ!」
 頭上で哉汰が呼ぶ声がする。
 顔が強張り、身が竦む。
 泣き出したくなるような哀しみ苦しみが一気に押し寄せ、息も出来なかった。

 変わってゆく。

 自分は、確実に変わってきている。

 変わって、しまった。

「ごめん……ごめんね?」
 哉汰の顔が見られない。
 顔を見られるのが怖い。
 顔を背け、優也は走った。
 涙がこぼれ、頬を伝い、流れた。

§         §         §


 「彼」の元へと“戻った”のは、夜の1時を過ぎた頃だった。
 昨日から、事が終わった後は、それがどんなに遅くても、ユウの姿で必ず自分の元へ一度戻るように「彼」に言われていたのだ。
 それは「躾(しつけ)」だった。
 手に入れたウィッチには、働いた「褒美」を与えなければならない。
 そんな自分勝手で理不尽な理念に基づく、「彼」からの命令だった。

 嫌だった。

 嫌で嫌で仕方なかった。

 でも、どうしようもなかった。
 なぜなら、『そうしないと哉汰を護れない』から。
「どうだった? 初めてだったんだろ?」
 夢中になって「彼」の陰茎を頬張りながら、ユウは頭を撫でられていた。
「気持ち良かった? それとも、気持ち良くなかった?」
 「彼」の匂い、味、舌触りが体に馴染んでいるのがわかる。手にして、嘗めて、しゃぶっていると、自分でも不思議なほど満ち足りるのがわかる。こうしているのが自分に与えられた役目だったかのように思えてくる。
 もともと、自分にそんな性癖があったとは思いたくはなかった。だが暴力的な言動・行動・思想に触れると、身か竦むよりも先に震えが走った。背中が“ぞくぞく”して体が熱くなる。
 それは「マゾヒズム」の発露だった。
 被虐的な悦びだった。
 言葉でなぶられ、快楽でなぶられ、そして甘ったるい愛撫という名の暴力でなぶられて骨抜きにされた、昏(くら)く穢れた悦びだった。
「どうだったって聞いてるんだよ。答えろよユウ」
 髪を掴まれた上で、腰を引かれ、男恨が口から離れる。
 攻撃的な言葉に“ぞくり”と体が震えた。
「あんっ……」
 お預けを食らった犬のようだった。目の前の御馳走に箸を付けた途端に下げられたような気分だった。
 本当は嫌なのに。
 哉汰以外の男のモノなど、手で触るのも嫌なのに。
 嫌なはずなのに。

 嫌だった、のに。

 自分の唾液と「彼」の先走りの液でぬらぬらと濡れて光る陰茎から、目を離せない。
 もっと嘗めたい。
 しゃぶりたい。
 たっぷりとねぶって、唾液をたっぷりとまぶして……

 ──早く、飲みたい。

 あの白く濁ってぬるぬるして少ししょっぱいような苦いような、独特の匂いのする「甘露」を、口いっぱいに含んで味わって嚥下したい。
「もう一度聞くぞ? 気持ちよかった? それとも、気持ちよくなかった?」
 どう答えれば続きをさせてもらえるのか、答えはわかっていた。
 だから、そう答えた。
 彼の望む答えを。


 ──自分がしてはいけない、その答えを。


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