■感想など■

2012年09月02日

[THEM]『Piece.07』「いつまでも、いつまでも」〜あなたがだいすき〜

■■【1】■■


 イヤな予感が、した。

 栗色くるくる巻き毛の“おねーさん”が、満面の笑みを浮かべてウキウキとやってくる……なんてのは、ベヒーモスが生息する密林で5メートル先も見えない霧が突然立ち込めてくるくらい、イヤな予感がビンビンとするものなのだ。
 彼女……ティファ=ロックハートにとって。
「ぬふふー」
 案の定、栗毛の彼女は、口元をふにふにと動かしながら後手に木のドアを閉じ、ヘンな笑いを漏らしていた。ティファは手にしていた本から顔を上げて、いきなりその笑顔と正面から遭遇し、どどっ……と疲れが全身を襲うのを感じる。

 “彼女”は、何か嬉しい事、楽しい事、初めて知った事、きれいなもの、可愛いものなどを見ると、それを誰かに教えたくてどうにも我慢出来ないくらい“うずうず”するらしい。そしてその対象は、なぜかいつも決まってティファだった。
 バレットもシドもヴィンもユフィも、そんな様子のエアリスを見るとさりげなく逃げてしまうし、ケットは宿に泊まると急に動作が止まってウンともスンとも言わなくなるし、クラウドに至っては何を言っても何を見せても「ああ」とか「そうか」とか「良かったな」とかしか言わないので、それはある意味必然だとも言えた。唯一、レッドXIIIは何でも興味深そうに聞いてくれたのだが、聞いてくれるだけで「それについてどう思ったか」なんて感想はちっとも出てこないので、対象からは早々に外れてしまったらしい。

「……今度はなに? エアリス……」
 とりあえず、聞いてみる。
 この前は、無視していたらいつまでたっても側を離れず、ヘンな笑いを貼り付けたままこちらが問いかけるまで顔を覗き込まれて、ひどくげんなりしてしまったのだ。
 ティファより2歳も“おねーさん”のくせに、彼女はまるでちっちゃな子供みたいだ。
 そんなところがティファにとっては、まあ、可愛くもあり……。
「んふふー……」
 ドアから身を離し、彼女はスキップするみたいな軽妙なステップで、ティファの前までやってくる。
 そして……
「じゃーんけーん!」
 突然彼女は、奇妙な掛け声で右拳を左手で包むと、腰溜めに右腕を引いてティファを正面から見た。
 いくら精神が弛緩(しかん)していても肉体が如実に反応してしまうのは、格闘家としての長年の修練によって構築された“肉体反射の賜物”であって、彼女自身の意志によるものではない。
 ティファの反応は、それはもう見事なものだった。
 お昼寝中にいきなり水を頭からぶっかけられた猫でも、たぶんこうはいかないだろう。
 彼女の肉体は、エアリスの体が腰を捻った瞬間、腰掛けていたベッドを飛び上がり、驚くほど速やかに臨戦体勢へと移行していたのだ。彼女にしてみれば、それは言葉にすると脳の深い部分と肉体の奥に有るスイッチが、瞬きするより素早くカチリと同時に入った……そんな感覚だろうか。
「…………」
 エアリスは、ベッドの上で腰を低く落とし、両手を軽く開いてゆるく握った拳を前方に出した姿勢のまま固まったティファを見て、ぽかん…………と、それはもう絵に描いて額縁に入れておきたいくらい間抜けな顔をしていた。
「…………おーー……」
 だが、時間にしてたっぷり10秒後、エアリスは、能天気に口をぽっかりと開けたままパチパチと拍手して、意味も無くこくこくと頷いた。
 途端に、ファイティングポーズのティファの顔が真っ赤に染まり、なんともいえない顔をしたまま両手を力無く垂らして“ぼすっ”とベッドに座り直す。
「……なに? 突然……」
 照れ隠しか、どこか怒ったような口調で、床に落としてしまった本を拾い上げた。
「あ、そうそう。だから、じゃんけん」
「は?」
「じゃんけん」
「ボロ屑ケイン(ジャンク=ケイン)?」
「え?」
「は?」

 ……言葉が通じない。

 ティファはその形の良い眉を顰め、こめかみに指を当てた。
「ええと……」
「ティファ、じゃんけん知ってる?」
「ジャン・ケン?」
「うん。ユフィに教えてもらったの。あるんだね、ウータイにも。こういうのって」
 ティファは、ぱたぱたと右手を開いたり閉じたり指を2本立てたりしているエアリスを見て、ようやく彼女の言わんとするところを理解した。
「“さんすくみ”のゲームね」
「うん。これが『グー』」
 ぎゅっと拳を作ってエアリスが言った。
「じゃあこれが『ハサミ』?」
 ティファも人差し指と中指を立てて「V」の字を作った。
「ちがうちがう。『チョキ』」
「『チョキ』?」
「うん。『チョキ』って言うの。“チョキチョキチョッキンナ”の『チョキ』」
「????」
 “チョキチョキチョッキンナ”がどういうものなのかティファにはわからなかったが、逆らうのは得策じゃないと思い直してとりあえず頷いておいた。
「で、これが『パー』」
「『パー』……」
「うん。『くるくるぱー』の『パー』」
「………………」

 ……聞かない事に決めた。

 古今東西、こういう三竦みのゲームなど吐いて捨てるほど生まれては消えたのだろうし、類型はそれこそ腐るほど存在するものだ。きっとこの「ユフィに教えてもらった」「ウータイ」のゲームにしても、元ネタはどこから伝わったものだかわかりはしない。そういう「どこかわからないけれど生誕の地」では、きっと『グー』だって『うんこ』って言われてたかもしれないし『チョキ』だって『バッタの触角』って言われてたかもしれないのだ。
 けれどエアリスは御丁寧に自分の頭に右手を当てると、
「くるくるぱー!」
 と言ってくるくるを手を回し、花火が空に広がるように手の平を開いて見せた。

 ……ばかなんじゃなかろーか?

 ティファは一瞬ぼんやりとそんな事を思ったが、決してそれが的を射たものではない事はわかりすぎるほどわかっていた。
 エアリスの知能指数はパーティ随一であり、あの“眠り姫”ヴィンセントの蜘蛛の巣の張ったポンコツ頭脳よりも遥かに優秀だった。
「ね? おもしろいね」
「………………」
 逃げたいと思った。
 もちろんそんなことは出来るはずも無い。
 ティファにエアリスを哀しませる事など出来はしないのだし、もしそんな事をしても後で必ず哀しみに染まるエアリスの顔がちらついて、自己嫌悪に陥るのが目に見えているからだ。そんな、いつまでもちくちくと刺されるような心の痛みに比べたら、限りなく脱力してぐったりしてしまう事など、何でもないように思えた。
「で、ね? じゃんけん」
「は?」
「じゃんけんしよ?」
 こういう、エアリスの唐突な行動は、何も今回だけの事ではない。
 わかっている。
 いつも共通しているのは、自分が嬉しいとか楽しいとか、初めて知ったとか、きれいだと思ったものとか、可愛いと思ったものとかを、「他の人にも教えてあげたい」という彼女の純然たる好意の表れなのだということは。
「……いいよ。で、どうするの?」
 にこにこと、まるで野に咲く花のような笑顔を見せる盟友に、ティファはようやくにっこりと微笑み返した。


「じゃーん!けーん!」
 エアリスが右腕を腰溜めにしてぐぐぐぐ……と体を捻った。
 これ以上無いくらい思いっきり力が入っている。何をそんなに力を込める必要があるのか聞いてみたい気もするが、エアリスは何をするにも全力投球な所があるから、たぶん聞いても無駄に違いない。

 ユフィなどは「無駄に体力が余ってんじゃない?」などとよくからかうが、実際には、体力勝負なユフィやティファと違い、エアリスは黙ってニッコリ笑って座っていれば深窓の令嬢と言っても通りそうなくらい華奢で色も白いから、およそ「体力が余ってる」なんて印象は無いに等しい。それでもエアリスはパーティの中で一番元気が良く、一番走り回っているイメージが強いのもまた確かだった。
 ティファからするとその印象は「生きている事を本当に楽しんでいる」……といった前向きなものなのだが、時折見せる儚げで哀しげな瞳の色は、エアリスのその行動が単に能天気な所業などではなく、何か心の奥深くに秘めた想いの反動というか、発露ではないか?とも思うのだ。
 だからこそティファはエアリスを放っておけないと思うし、彼女の望む事には何でも付き合ってあげよう……などと思ったりもしているのである。

「ティファ」
 名前を呼ばれて、はっと顔を上げれば、エアリスが怪訝そうな顔でじっと見ていた。慌ててティファも同じように声を出しながら右手を振り上げる。
「「ぽんっ!」」
 同時に手を出す。
 『ぐー』と『ぐー』だった。
「あいこで」
「あいこで?」
「あ、リトライ(やり直し)の掛け声。同じ手を出した時、言うの」
「ふうん……」
「ほら、ティファも」
「あ、うん……あいこで……」
 いろいろと細かいルールがあるんだなぁ……と、ティファは戸惑いながら右手を振った。
「しょっ!」
「ぽんっ!」
「…………ぽん? ……リトライの時は『しょっ』って言うの。言わなかった?」
「……言ってない」
「あれー? ……まあいいや、今度も『ぐー』と『ぐー』だから、あいこね」
 自分が言ったつもりになってどんどん話を進めてしまうのは、エアリスの悪い癖だ。
 こればっかりは是非直してもらいたいなぁ……と、ティファは思った。
「あいこで……」
「で……」
「「しょっ!」」
 『チョキ』と『チョキ』だった。
「「しょっ! しょっ! しょっ! しょっ!」」
 『チョキ』と『パー』と『パー』と『グー』だった。
「んむー……なかなか勝負がつかないねー」
 力み過ぎて、エアリスの顔が真っ赤だ。ティファは可笑しくなって、ついくすくすと笑い出してしまい、エアリスの大真面目な目でじろりと睨まれてしまった。
「笑ったなぁ!? いいもん。ぜったい勝つんだからっ」
 だから何をそんなに息む必要があるの?
 そう考えるとますます可笑しくなって、ティファはふにゃふにゃと顔を崩して横隔膜を刺激する笑いの発作を必死に押し殺さなければならなかった。
「いくよー! じゃーん! けーん!」
「「ぽんっ!」」

「「あっ」」

 『ぐー』と『チョキ』だった。
 「かったーーーーーーーーーーー!!!」
 エアリスが満面の笑みを浮かべて飛び上がる。
 ティファは自分の右手をじっと見て、「あ〜あ……」とでもいった感じで肩を竦めてみせた。しかし「まあいいや」という感の方が強い。なんの事は無い、たかがゲームではないか。負けたからといってどうということは……

「じゃああたし、クラウドと買物に行ってくるからっ」

「は??」
 いきなり彼女の口から出てきた無愛想な幼馴染みの名前に、一瞬頭が真っ白になる。
「留守番お願いね?」
「あ、え、ちょ……ちょっとちょっと!」
 ウキウキと荷物からポーチを取り出し、鏡を覗き込んで髪を軽く整えたエアリスに、ティファは慌てて声をかけた。
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