■感想など■

2012年09月16日

[THEM]『Piece.08』「夜の露天風呂で星空を」〜強くて弱いあなたへ〜

 冷気が、しんしんと肌に染みてくる。
 空気は澄んで、空には満天の星々が煌(きらめ)いていた。視線を上げれば、薄蒼い空をダガー(小刀)で切り取ったような、漆黒のシルエットがなだらかな稜線を描いて鎮座している。
 湯煙に霞む岩肌は、ごつごつとしたシルエットでありながら表面はすっかり角が取れ、肌を傷つける事は無い。そして所々に茶色い苔(こけ)がこびりつき、この宿の刻んだ年月を感じさせている。

 来て良かった……と、エアリスは思う。
 しみじみと、そう思う。
 身を沈めた湯面には、落ち葉が浮かんでいた。それを摘んで、エアリスは“ぺいっ”と湯船の外に捨てる。落ち葉が沈んでいようが虫が浮かんでいようが、露天風呂に入る以上はそんなのはとっくに承知しているので、いまさら気にしてなどいられないが、目の前に浮かんでいればやっぱり気になってしまうものだ。
「うわぁ……なんかすごいね……」
 感嘆したような声に振り返れば、涼風にたゆたうような湯気の向こうに、白いシルエットが浮かんでいた。
「私、露天の岩風呂って初めてかも」
 健康的な色の肌に白いバスタオルを巻き、綺麗……というより、どこか子供っぽさを残した可愛らしい女性が立っていた。バスタオルの、胸元と腰の前の部分を手で抑え、歩く時に裾が捲れないように気をつけているようだ。
 ぴったりと巻きついたバスタオルにメリハリのある体の線が浮き立って、その“どかん”とした“すげぇ”バディを際立たせている。隠しても隠しようが無いほど豊かな胸が、バスタオルで左右から押さえ込まれて、胸の谷間をアイシクルエリアのクレバス(氷裂)のように深く見せていた。
「遅いよティファ。何してたの?」
「仕方ないでしょ? 髪が多いんだもん」
 ちょっと唇を突き出し、綺麗な形の眉を“きゅっ”と寄せてみせたティファは、お尻まであった艶やかな黒髪をアップにしていて、確かに少し重たそうだった。
「切らないの?」
「ん……まだ、ね」
「ふうん」
 エアリスは、それ以上聞こうとはしなかった。それは、ティファがその長く伸ばした髪に、願いをかけている事を知っているからだ。
「…………なに見てるの?」
 振り返ってそのまま湯船の縁の岩に両肘をつき、手の平で顎を支えたまま、彼女を“じいいい〜”と見上げているエアリスに、ティファは訝しげに聞いた。アップにしてタオルでまとめた部分から、髪が少し垂れ、それが湯気で彼女のやわらかそうな頬に幾筋か張り付いている。それと共に、格闘家にしてはほっそりとしたうなじに後れ毛が見え、それが、しっとりとしたなんともいえない色気を醸し出していた。
「ん? 見てるだけ」
「ヘンなの」
 彼女はニヤニヤと笑うエアリスに構わず、素裸にバスタオルを巻いたまま湯船に足を踏み入れ……
「ストップ!」
「え?」
 湯面に親指の先が触れるか触れないか……というところで、ティファが慌てて身を引いた。
「エチケット違反だよ? いきなり入るのは」
「え? あ……そ、そうだね」
「それから、バスタオル巻いたまま入るのもダメ」
「ええ〜? だって、なんか……」
「恥ずかしい?」
「……うん」
「いいじゃない。お湯は白く濁ってるんだし」
「そう……だけど……」
「じゃあ、早く入りなさいよ」
 天使の微笑を浮かべながら、エアリスは“邪心なんてこれっぽっちもありませんよ?”といった口調で、右手を湯の中に入れた。ティファはエアリスの顔を見て、空を見て、浩々と照る月を見て、それからもう一度エアリスの顔を見て、
「………………あっち向いててよ」
 なんとも情けない顔でぽちょぽちょと呟くように言った。
「なんで?」
「なんでも」
「二人の仲でしょ?」
「どんな仲よ」
「とても人には言えない仲」
「……そんな仲、イヤ」
「いまさらじゃない? 裸なんか見られたって」
「じゃない」
「やだぁ、そんな人間に見える?」
「エアリス…………なんだか、目がやーらしいもん」
「失敬な。ティファが風邪引かないようにって気を使ってあげただけなのにっ! いいの? 寒いでしょ?」
「…………いいから、あっち向いてて」
「はい」
 むうっと唇を突き出して怒ったティファの顔がちょっと怖かったので、エアリスは素直に背中を向けて湯船に肩まで浸かった。
 後でティファがバスタオルを取り、手早くたたんで脇の岩の上に置くのが視界の端にちらっと見えた。男のものとは明らかに違う、白くほっそりとした手が、洗い桶で湯船のお湯を汲み上げる。
 バシャッと、体にお湯をかける音が響いた。
「あつっ」
「お湯、熱いから気をつけてね……って、遅い?」
 無言で睨まれてる気がする。
 しかも涙目で。
「んぁぅ……んっんんっ……ぁ…………ふぅ…………」
 そろそろそろ……と湯船に身を沈めながら、吐息とも溜息ともとれる声が、ティファのふっくらとした可愛らしい唇から漏れる。

 普段、温和で優しいティファも、怒ると結構…………いや、かなり怖いので、見たいのを我慢してエアリスはずっと正面の山の黒いシルエットを見ている。もちろん「怖い」というのは、暴力を振るうとか嫌味を言うとか悪い噂を言いふらす……とか、そういうものでは決して無くて、呼んでも返事してくれないとかずっとずっと口を利いてくれないとか御飯に誘っても一人で食べに行ってしまうとか、そういう些細な…………子供っぽいとも言えるものなのだけれど。
 それでも、彼女に好意を寄せる人間にとっては、とてもとても効果のある、極悪非道で情けも容赦も無い、一番の方法だった。

「んっ……ぁあ……あは〜〜〜……」
 ようやく肩まで浸かったようで、長い吐息が漏れた。
 …………声だけ聞いていると、なんだかとてつもなく、えっちだ。
「ティファって、えっち」
 案の定、エアリスが呟く。
「……なにか言った?」
「ううん? 何か聞こえた?」
「…………えっちじゃないもん」
「聞こえてるんじゃない」
 エアリスの言葉は無視して、ティファはばしゃばしゃとお湯で顔を洗った。エアリスは湯船に手ぬぐいを浸し、外で固く絞ってから汗ばんだ顔を拭く。
「あっ……なあに? 人にタオル入れちゃダメなんて言っておきながらぁ」
「手ぬぐいはいいの」
「ずるい」
「いいの。そう決まってるの」
「誰が決めたのよぉ」
 エアリスは何も言わずにっこり笑って自分を指差した。
「ひどっ」
 ぷうっとほっぺたを膨らませて、ティファが“じとっ”と睨む。エアリスは涼しい顔でしらんぷりを決め込んだけれど、やがてどちらからともなく笑みが漏れた。
「綺麗ね」
 また、エアリスがにこにこしながら自分を指差す。
「違うわよ。空」
 ティファはエアリスの方を見もしないでキッパリと言った。
「ひどい」
「おたがいさま」
 心底傷ついた!という顔をしたエアリスに、ティファは“べえっ”と舌を出してみせる。エアリスは、その子供っぽい仕草にくすくすと笑みがこぼれてしまうのを止められなかった。

「……ねえ……ティファってばこういう星空って初めて? ミッドガルじゃ見られないもんね」
「…………初めてじゃ……ないよ」
 エアリスは、立ち上る湯気の中から夜空を見上げる、ティファの整った横顔を見やった。
 湯殿に設置された照明と、星明りだけの薄闇。少しブルーに色調の寄った肌は、お風呂のお湯を玉に弾いて、ほかほかと湯気を立てている。湯面から盛り上がった白い双丘は、たっぷりと豊かで艶かしい。
 すごくすごく色っぽくてえっちっぽいのに不思議と妙な気分にならなかったのは、満天の星空を見上げる彼女の瞳が、苦しみとも痛みとも哀しみともつかない光を宿していたから…………だろうか。

 ティファは、優しい。

 優しくて、強い。
 でも、すごく……弱い。
 強くて弱いなんていうのは、ものすごく矛盾しているようだけれど、彼女を知る人間ならきっとなんとなく心の奥の奥で“すとん”と“そこにはまるべきものがあっけなく素直にはまったような感覚”で納得してしまうだろう。
 弱いからこそ強くありたいと願い、強くあり続ける事で弱い自分を護り続けてきたのだと、知っているから。

「うわぁ……」
 なんとなく沈みかけた雰囲気の中、エアリスが不意に声を上げた。
「なに?」
「ほんとーに浮くんだねぇ」
「…………どこ見てるの?」
「触っていい?」
「ダメ」
 即座に断られた。
 0.1秒もかからなかった。おまけに、湯船の中で1メートルも距離をあけられてしまった。
「いーじゃない。ちょっとくらい」
「ダメ。イヤ。却下」
「ふーん……」
 湯面に鼻のすぐ下まで浸けてブクブクやっていたエアリスだったけれど、
「いいもん。ティファが寝てる間にむにゅむにゅたっぷりじっくりいっぱい触るからー」
 ふふん……と勝ち誇るエアリスに、ティファは心底イヤそうな顔をした。
 野宿や、身の危険を感じるような場所でどうしても休息を取らなければならない時などは、眠りも浅く、即座に起きて臨戦体勢を取る事も出来る彼女だったが、絶対安全圏や、心許した……特にエアリスのような人間のそばで眠る時には、コントロールしようと意識しても、深い眠りに陥ってしまう事が多々あった。一旦寝入ってしまうと、容易には起きないのだ。それを自覚しているから、彼女はいぢわるな笑みを浮かべるエアリスに、本気のホンキで嫌そうな顔をしたのだった。
「そんな顔してもダメ。さあ、そうと決まったら寝よ寝よ!」
 いつの間にか決定事項になっていた。
 エアリスは上も下も隠さずに、素っ裸でぱたぱたと脱衣所に歩いてゆく。
「あ、もうっ! エアリスってばタオルで隠すくらいしなさいよっ!」
 ティファは慌ててそう言いながら、きっちり体を隠しつつ湯船から立ち上がった。
「いいの。わたしには無駄に大きい胸なんて無いから」
「無…………あのねぇ……」
「誰もティファの事だなんて言ってないでしょ? それにティファの胸は無駄じゃないもん」
「…………どーゆー意味よぉ」
「それをこれからたっぷり教えてあげるんじゃない」
「…………冗談ばっかり言ってないで、前、隠して」
 ふんっと腰に手を当てて素っ裸のままふんぞりかえるエアリスと、タオルを持ってあたふたと駆け寄るティファ。

 満天の星達は、二人の他愛無いじゃれあいを、ただ静かに見下ろしていた……。


         −おわり−

■■[THEM]『Piece.08』「夜の露天風呂で星空を」〜強くて弱いあなたへ〜■■

「2012/09/16 00:00」投下開始
「2012/09/16 00:00」完了
この記事へのコメント
満天の星たちそこ代われ
Posted by 青玉 at 2012年09月17日 01:16
まったくです(笑)。
Posted by 推力 at 2012年09月17日 22:51
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