■感想など■

2009年06月26日

第9章「イヴの目覚め」

■■【5】■■

 翌日。

 6月13日の火曜の朝。
 圭介は夢の中で、なぜだかわからないけれど巨大な灰色熊(グリズリー)とK−1のリングで取っ組み合いの熱い戦いを繰り広げていた。けれど、のしっと上から圧(の)し掛かられて胸をぎゅうぎゅうと圧迫され、苦しさのあまり死に物狂いでバンバンとマットを叩いたところで、
 目が覚めた。
 この胸で仰向けになって寝るのはとても夢見が良くない……ということを学んだ朝だった。
 そして、久しぶりにえっちな夢を見なかった、普通の朝だった。
「……ふあっ…………」
 欠伸(あくび)をしながらもそもそと起き出し、ベッドの上であぐらをかいて、雨のしとしとと降る窓の外を見ながら“ぽりぽり”と胸元を掻(か)いた。
 寝る時もブラをしていたから、なんだかむず痒い。
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2009年06月25日

第9章「イヴの目覚め」

■■【4】■■
 山中家の風呂は、広い。
 たぶん、普通の日本家屋の一戸建てにしては。
 圭介はまだ入った事が無いから知らないけれど、ラブホテルの風呂場より少し小さいくらい広かった。
 ゆったりと体を横たえ、伸びをしても十分な大きさのバスタブは、安っぽいプラスチックではなく、だからといってステンレスのように味も素っ気もない硬質なものでもなかった。FRP(繊維と樹脂によって強化されたプラスチック:Fiber Reinforced Plastics )だと思うのだけれど、滑らかな手触りと薄いクリームイエローのあたたかい感じは、湯船に身を沈めると心から落ち着く。バスタブの設置されている部分のタイルは臙脂(えんじ)色をした大理石風のもので、床や壁もわずかに緑の入ったクリーム色をしていて、圧迫感は無い。
 壁の一方は、全面がすりガラスで出来た窓になっていて、しかもその窓は、2枚のガラスを組み合わせて内部に空気を密封した、断熱・遮音・結露の防止に優れる複層ガラス(ペアガラス)だった。
 ちゃらんぽらんで得体の知れない父だけれど、この家を建てる時に風呂をこういう風に造った事だけは、評価していいと圭介は思う。

 圭介は脱衣所でスウェットの上着を脱ぎ、腕を攣りそうになりながら苦労してブラのホックを外した。
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2009年06月24日

第9章「イヴの目覚め」

■■【3】■■
 圭介に遅れる事5分。
 父、山中善二郎はケロリとした顔でリビングに入ってきた。
 ゴミ置き場に突っ込んだはずなのに、その体にはゴミ一つついていない。さすが、地球外生命体の『星人』と愛し合って、あまつさえ子供まで作ってしまった“非常識人”は、どこか違う。
「ひでーな圭介。『一緒に風呂入ろう』なんてのは、ちょっとした冗談じゃねーの。そんなに怒るこたぁねーだろ?」
 自分が息子に蹴倒された理由を、どうも誤解しているようだ。もっとも、圭介としても「人を怖がらせやがって」なんてとても言えないので黙っていたのだけれど。
「あらあら、いいわね親子の触れ合いって」
「圭介のドロップキックも久しぶりだよ。なかなかキレが良くて驚いた」
 エプロンで手を拭きながらキッチンから出てきた涼子に、善二郎は顔のシワを深くしてニコニコと報告する。
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2009年06月23日

第9章「イヴの目覚め」

■■【2】■■
 由香の家の前で彼女と別れると、圭介は夜の道を一人歩いた。
 「夜道は危ないから、パパが帰ってきたら、そしたら送ってもらおうよ」と心配そうな由香に「だいじょうぶ」と手を振って、すたすたと歩く。
「高尾先生も言ってたじゃない。その、ぺろぺろする変質者に会ったりしたら、どうするの?」
「そん時は、蹴倒して殴って捕まえてやるよ」
 そう軽口を叩いて、圭介は薄闇に紛れた。

 慣れ親しんだ道だ。危ないもなにもあるものか。

 そう思った。
 由香の家から圭介の家のある住宅街まで、ものの数分の距離だし、薄暗いとはいっても20メートル間隔で外灯も点いている。たとえ痴漢が出ようと、普通のかよわい少女ではない圭介にとって、そんなものは台所に顔を出す“茶色いヤツ”より簡単にツブしてやれると思ったし、変質者がロングコートを広げて粗末なちんちんを無理矢理見せたとしても、「指差して大笑いしてやるぜ」というくらいの余裕があった。
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2009年06月22日

第9章「イヴの目覚め」

■■【1】■■
 山ほどの試供品とカタログと、化粧水と乳液と、それに敏感肌用低刺激石鹸を入れた手提げ袋を抱えながら、由香は駅のホームのベンチに圭介と一緒に座っていた。
 駅のホームは、夜の8時近くにもなれば、人影もぐっと少なくなる。
 もうすぐ19時52分発の普通列車が到着する予定だ。学校帰り……と言うには、少し遅い時間かもしれない。
 繁華街にはまだまだ人はたくさんいて、圭介がそこを避けて通ったために、本当ならデパートから10分くらいで着くところを、20分近くもかかってしまったのだ。
 買い物の前にデパートのトイレで、胃の中身を全部吐き出してしまった圭介は、お腹が空いているのか、妙に無口だった。せっかく彼のために試供品をいっぱいもらってきたのに、由香にはそれを渡すきっかけが無かった。普段使わない乳液まで奮発(ふんぱつ)して買ったのだから、出来ればこれからちょっと家にお邪魔して、彼の顔にいろいろしてあげたかったのに。
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