■感想など■

2009年07月09日

第11章「恋するキモチ」

■■【9】■■
 夜道に女の子一人では危ない……ということで、多恵さんがタクシーを呼び、圭介は先日の事もあってそれに従った。自分が、今では無力な…………他人の暴力や欲望に簡単に晒されてしまう立場の人間なのだと、あの夜に嫌というほど思い知ったからだ。
 男だった時には、そんな風に自分の弱さを認める事は、屈辱でしかなかった。
 それが今では、自分の弱さを認める事から始めないと、一歩も前には進めない人間になっている。
『…………女…………なんだよ……な……』
 タクシーのシートに身体を預け、圭介は窓の外を流れるオレンジ色の外灯をぼんやりと見つめる。擦れ違う車は少なく、歩道を歩いている人もほとんどいない。
 多恵さんのアパートは、デパートのある繁華街の駅から、さらに4つほど離れた住宅街にあった。圭介の住む街とは方向が逆で、その上、市を別にしている。それでも、国道を飛ばせば車で30分ほどの距離らしい。
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2009年07月08日

第11章「恋するキモチ」

■■【8】■■
 多恵さんに引き寄せられ、そのあったかくてやさしい胸に頬を埋めた時、圭介は思わず身を堅くして声を上げそうになった。
 彼女にこうして抱き締められるのは、記憶にあるだけで3回目だ。
 17歳の少年が、年上のお姉さんに抱き締められる……というのは、本当ならとてもとても“ものすごいこと”だ……と、圭介は思う。普通なら17歳の性欲の有り余った男子高校生が、こんな風に一人暮らし(?)の年上の優しいお姉さんの家に上がり込んで、あまつさえ抱き締められてしまったら、たぶん自分の立場もわきまえずにその若さを“暴発”させてしまうかもしれない。
 事実、男としての性欲がほとんど無くなってしまった圭介の、その胸の奥に少しだけ残った「オトコノコ」は、さっきから緊急警戒警報を“ふぁんふぁん”と鳴らしっぱなしだし、喪失(な)くしたはずの性器……が在ったところが、じんじんと疼いてさえ、いた。

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2009年07月07日

第11章「恋するキモチ」

■■【7】■■

 におい。

 匂いというものは、人それぞれに違うものだ。
 ただ「におい」と書くだけでも「匂い」と「臭い」があって、「匂い」の方はなんだかイイカンジだけど「臭い」になるとなんだかヤナカンジだ。「臭い」は「臭(くさ)い」とも読めるからかもしれない。
 圭介は、深くてほの暗い海の底でゆったりとたゆたうように、ぼんやりと思う。
 母の匂いは、なんだか“ほんわか”してる。
 由香の匂いは“ふあふあ”してる。
 京香の匂いはちょっと気取ってる。
 玲奈さんの匂いは、“涼しい”感じ。
 ソラ先生の匂いは、消毒薬の清潔っぽい匂いだ。
 はるかちゃんなんかは、ちょっと背伸びした匂い。
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2009年07月06日

第11章「恋するキモチ」

■■【6】■■
 多恵の教えてくれた店は、ちょっと洒落たオトナの店……という感じの紅茶の店だった。紅茶の店……とは言っても、紅茶しか置いていないというわけでもなく、ソフトドリンクもあるし、ケーキやパスタ、コーヒーもある。けれど、やっぱり紅茶の種類が多いから、たぶん「紅茶の店」と言ってしまっていい気がした。
 あの後。
 階段の踊場で多恵さんに抱かれてちょっと泣いた後、圭介は気恥ずかしくて、あの人の顔をまともに見られなかった。頭がぐちゃぐちゃになって、自分でも何を言ったのかよく覚えていないのだけれど、何かとんでもない事を口走ってしまったのではないだろうか?という恐れが、ずっと胸にわだかまっていた。
 それに、涙と鼻水でくちゃくちゃになった顔を、多恵さんはまた自分のハンカチで拭いてくれた。けれど、「洗って返します」と言った圭介に、彼女は最初に会った時と同じように「ケイちゃんはそんな事気にしないの」と言いながら、圭介の手にしたハンカチを取り上げてしまった。
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2009年07月05日

第11章「恋するキモチ」

■■【5】■■
 あの後、多恵は泣きじゃくるメロンちゃんの背中を擦り、髪を撫で、じっと彼女の言う事を聞いていた。
 メロンちゃんは幼い子供みたいにしゃくりあげながら一生懸命話すのだけれど、その言葉のほとんどは不明瞭で、彼女が本当は何を言いたいのか、多恵には理解出来たとは言い難い。

 ボクは可愛くなれない。
 こんなみっともない体が嫌だ。
 ずっと男だったのに。
 どんどん女になってく。
 小学校の時からいっしょ。
 ずっとアイツの兄貴分。
 今さら女になんてなれない。
 好きなのかもしれない。
 わからない。
 どうしたらいいか。
 好きになってくれるはずない。
 目を合わせてくれない。
 嫌われた。
 苦しい。
 どうしたらいいのかわからない。
 胸が痛い。
 痛い。
 痛い。

 痛い。

『つまり、こういう事よね……』
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2009年07月04日

第11章「恋するキモチ」

■■【4】■■
 ストッキング1枚買うのに1時間も粘った“やーらしい”お客様を鉄壁の営業スマイルで送り出した曽我山多恵(そがやま たえ)24歳は、ちょっと目を離した隙に彼女の大好きな“メロンちゃん”な“レモンちゃん”がいなくなってしまった事に、少し……いやかなり、落胆した。
 ジーンズジャンパーとジーンズパンツとスニーカーというボーイッシュな格好だったけれど、黒のニットのセーターには“ぷにぷに”の“たぷたぷ”『だった』メロンおっぱいが隠されているのが、すぐにわかった。
 『だった』というのは、メロンちゃんの胸を公然と触れて寄せて上げたのは他ならぬ多恵自身なので、そのまろやかで病み付きになりそうな手触りは、忘れたくても決して忘れられないものだったということを、ハッキリクッキリ記憶しているからだ。
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2009年07月03日

第11章「恋するキモチ」

■■【3】■■
 部長がいつも買い物の時に立ち寄るという、小さな洒落たカフェでコーヒーを飲みながら、圭介は目の前に座る綺麗な女性をそっと盗み見た。壁一面がスモークガラスの窓際の席で、雲間から覗いた太陽が薄い陽光を降り注いできている。その陽光に照らされて、女性のストレートな黒髪がキラキラと艶やかに輝いていた。着ているのは白のブラウスで、肩や裾のレースが嫌味にならない程度の上品さであしらわれていた。胸元のブローチにはなんだか不思議な色合いの石が七色に輝いていて、切り取って額に入れて美術館に常設展示したら、閲覧料を取れそうなほど絵になっている。
「ん?私の顔がそんなに見たいならば、もっと堂々と見たまえ。圭ちゃんなら特別に許すぞ?」
「あ、いえ……その……」
 見惚れていた事に気付かれ、圭介は“かあぁぁ……”と顔が熱くなるのを感じる。先輩は、慌ててコーヒーに目を落とす圭介を優しく見ると、シナモンスティックでカプチーノをかき混ぜた。彼女の仕草は、その一つ一つがいちいち上品に決まっている。背が高くて綺麗で家が金持ちで、実はお嬢様。『天はニ物を与えず』…………とか聞くけれど、与える人にはとことん与えるのが最近の『天』というヤツらしい。
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2009年07月02日

第11章「恋するキモチ」

■■【2】■■
 午後になって、トイレに行っている間に、留守電へメッセージが入った。
 デパートの下着売り場の、あの多恵さんからだった。注文していたブラが届いたので来て欲しいという事だった。
『そうだな……ぐちゃぐちゃ考えてても、何も変わらないし……』
 どうしたらいいかわからない時は、とにかく動いてみる。それが本来の、圭介の“スタイル”だったはずだ。
 最近の自分はいろんな意味で、やっぱりヘンだ。
 それを自覚する。

 部屋に戻り、スウェットを脱いで、クローゼットの引出しからフルカップの“おばさんブラ”を取り出した。別に、誰に見せるというわけでもないし、見られるとしてもそれはたぶん多恵さんだろうから、これでも構わなかった。一応、パンツも替えておく。服は、今日は少し肌寒いので、Tシャツとニットのセーターを着て、その上に薄手のジーンズジャンパーを着込む。パンツはスリムボトムで、靴はスニーカーにしようと思う。セーターの色は、美術部の後輩のマーちゃんに「胸が大きくてもあまり目立たない」と言われた黒だ。
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2009年07月01日

第11章「恋するキモチ」

■■【1】■■
 翌日の6月18日は日曜日だったけれど、今日も朝から、圭介のケータイには妙なメールが何通も頻繁に入ってきていた。昨日から増えてきている、いわゆる迷惑メールというヤツだった。
 軽いものは「今日ヒマ?遊ばない?」というもので、薄気味悪いものになると「今、駅にいるんだ。御飯食べようよ。迎えに行こうか?」なんてものまで。中には、あからさまに『発情してんじゃねーよ』と言いたくなるようなメールもあって、圭介はいちいち消していくのも面倒になり、とうとう昼には電源を切ってしまった。
 「遊ばない?」
 「好きです」
 「愛してる」
 「えっちしよう」
 「オレならキミを満足させられる」
 馬鹿か?と思った。
 ハッキリ言って気味が悪い。
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