■感想など■

2009年07月20日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【11】■■
 生理になると、なぜお腹が痛くなるのか。

 男だった時には、単純に「血が出るから」としか思っていなかった。
 けれど、女になってからは自分のものでありながら未知のものである女の体について、きちんとした知識が必要だという由香先生のお言葉により、圭介は保健体育の教科書とかネットとかで少し調べてみた事がある。

 簡単に言えば、生理痛と言うのは
 「受精卵をちゃんと着床させるために体が懸命に作り上げた子宮内膜が、
  受精しなかった事で不要になり、
  次の排卵に向けて再度作り直そうと不要になった物を体外へ排出しようと子宮が収縮を繰り返すから」
 だという。
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2009年07月19日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【10】■■
 ――山中圭介に生理が来た――――

 その情報は、あっという間に学校中へと広がり、昼頃になるまでには上級生も下級生も彼を見かけるたびに
 「大丈夫?」とか
 「元気出してね?」とか
 「や〜ん……代わってあげた〜い」とか
 「お姉様可愛そう」だとか、
 それこそ“面白がってる”としか思えないような言葉をかけてくれたりしたものだから、当の圭介は甚だ機嫌が悪かった。

 校内比としては、事が事だけにひどくナイーブな問題でもあり、男子よりも女子の方から声をかけられる方が多く、それは、彼が「男から女へ」と外見が変化した事で、皮肉にも女子の人気の方が極端に上がった事も一因していた。
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2009年07月18日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【9】■■
 昨日の大雨がウソだったかのように、今日は朝から快晴だった。
 梅雨時ではあったけれど、さすがに神様もそうそう意地悪ばかりするわけでも無いらしい。
 しっとり濡れた土の匂いと、青々と茂る草花についた輝く雫だけが、昨日の雨の名残を見せている。雲は大きく、白く、ちょっとだけ流れが早い。それでも空は青く、空気は湿り気を帯びてなお清々しかった。

 登校中、何度も鼻をひくつかせたりスカートの奥を気にしたりする圭介を、由香はずっと微笑ましい気分で見つめていた。
 「気になる?」と問えば「……うん」と小さく気弱に頷く幼馴染みが、たまらなく可愛いと思うのだ。
 けれど同時に、ひどく複雑な気分でもあった。
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2009年07月17日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【8】■■

 ――――ショックを受けて“気が遠くなる”…………という感覚を実際に経験したのは、実を言うと今日が初めてかもしれなかった。

 小さい頃、近所で事故があった時、その事故現場を見た事がある。
 普通の幹線道路から細い横道に入ろうとした中型バイクが縁石に乗り上げ、転倒。
 速度を十分に落としていなかったのか、横転したバイクに引き摺られるようにしてライダーがアスファルトの上で大根のように「おろされ」て、血や肉や衣服の切れ端を道路にこびり付かせた。
 子供心にも、その現場は凄惨なものだった。ライダーに意識があり、救急車が来るまで「痛い、痛い」と呻いていた事も、その凄惨さに拍車をかけていた。
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2009年07月16日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【7】■■
 圭介の母――涼子が、テレビ番組の収録を終えて学校にやってきたのは、それから20分も経っていない頃だった。
 どこで買ってきたのか、両手には赤飯の入ったスチロール製の箱がいっぱいに入った、全国でも有名なデパートの袋を下げている。そのデパートはこの季節、午後8時には閉店してしまうため、おそらく連絡が行ってすぐにマネージャーか誰かに買いに行ってもらったのかもしれない。
 それにしても……と、出迎えた美智子はなんとも言えない気分になった。
 なにしろ、黙っていればクールな美人で通る顔が、まるで初めて飼ったペットの子猫に御土産を持って帰る一人暮しのOLみたいにデレデレに笑み崩れていたからだ。
「どう?」
 おすそわけ……と、満面の笑みを浮かべながら箱の一つを保健室の机の上に置いたビニール袋の中から取り出し、それから涼子はスキップでもしそうな足取りでベッドに近付いた。
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2009年07月15日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【6】■■
 保健室の窓を見ると、外はもうすっかり真暗だった。
 壁の上に設置された白い文字盤の時計を見ると、針は9時20分辺りを指している。雨宿りをしている時、最後に時計を見たのは6時46分だったから、あれからもう2時間半近くも経っている事になるだろう。
 圭介の質問に
「なんとなく」
 の一言で打ち切ったソラ先生は、汗で濡れたシャツを着替えるようにと、新しいシャツと、それに替えのナプキンとパンツを彼に渡してカーテンを閉めた。
 履いていたパンツのナプキンを替えるだけにしようかと思ったら、ちょっとだけ赤茶色の汚れが付いていたので、圭介がパンツごと替えることにしたためだった。
 説明書を見ながら、圭介は新しいナプキンをパンツに張り付けた。おりものシートでなんとなく馴れてはいたものの、メーカーが違うためか形状が少し違っていて、一応説明書に従う事にしたのだった。保健室には、急に生理が始ったりした女生徒のために、ナプキンもタンポンも、そしてSLMのパンツさえも常備してある。学校出入りの業者の都合か、一つのメーカーしか無いのはイロイロと不便そうだったけれど、まるだけまだマシだと思わないといけないのかもしれない。
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2009年07月14日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【5】■■
 目が覚めた時、圭介は一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
 体が、ドロドロに溶けてしまったかのようだ。
 それは、息をする事で、かろうじてコレが自分の体なのだと認識出来る感覚……。
 熱い。
 全身が熱く熱を持っていた。
『……この感じ…………どこかで…………』
 これと同じ感覚を、圭介はどこかで感じた気がした。
 遠い昔ではない。つい最近の事だ。
 “あの時”……。
『“あの時”? …………いつ?』
 思い出せなかった。
 本当に最近だっただろうか?
 本当に経験した事なのだろうか?
 本当はずっとずっと夢を見ていたのではないだろうか?
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2009年07月13日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【4】■■

 後悔。

 泣くことしか出来ない。

 ボクは、いつもいつもそうだ。
 失敗ばかりする。

 ――――――ああ、どうして――――

 急速に暗い闇の中へと意識を引き擦り込まれながら、圭介は胸を掻き毟られるような痛みに心を震わせていた。
 健司をからかったわけじゃ、ない。
 でも、心配してほしくなんか、なかった。
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2009年07月12日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【3】■■
 雨は相変わらず降りしきっている。
 時計を見ると、由香が健司の家に傘を借りに行って14分が過ぎようとしていた。いくらのんびりとした彼女でも、もうそろそろ戻ってきても良い頃だ。そう思いながら健司は小さく溜息をつくと、視線を正面に固定したまま目を瞑った。
 男としての“限界”が近付いている。
 ――そう思った。
「それにしても良く降るよな」
 その“限界”の「原因」である傍らの少女から、溜息と共に吐き出された呟くような言葉に、彼は頷くだけで同意した。
 そうしてから、頷くだけでは返事として不十分だと感じて、身体の極一部分が反応しないように細心の注意を払いながら
「そうだね」
 感情を抑制した言葉で呟く。
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2009年07月11日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【2】■■
「じゃあ、私が行ってくるね? 2人はここで待ってて」
 そう言いながら、由香は軒下から雨の降りしきる道路へと飛び出して行った。

 帰りの通学路の出来事だ。

 放課後までずっと降り続いていた雨が上がり、部活動を早々に切り上げた圭介は、待ち合わせ場所にした2年昇降口で2人を待った。
 街で会った時の事なんて綺麗サッパリ忘れてしまいそうなくらい、いつもの髪で、いつもの眼鏡で、部長…………元美術部部長の杉林先輩に“チチ揉み”攻撃を受けたりもしながら待つことしばし。待ち合わせの時間を10分遅れて由香が来て、それからさらに5分遅れて健司が来た。
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2009年07月10日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【1】■■
 翌日、6月19日の月曜日は、朝から大雨だった。
 粒の大きい水滴が容赦無く屋根の瓦を叩いている音を聞きながら、圭介は目を覚ました。
 いつになく目覚めはすっきりとしていて、ヘッドボードの時計を見るといつも起きる時間よりも20分も早かった。
 気合は十分だ。
 迎えに来た由香が、2階から降りてきた圭介を見て、
「…………決闘にでもいくの?」
 と聞いた。
 どうやら、目を険しく細めて口を一文字に引き結んでいたから……らしかった。
 圭介としては、昨日心に思った事を、決意して決断して決行しようと心を奮い立たせていただけ……だったのだけれど。
「……まあ、ある意味、決闘かな」
「…………健司くん?」
 ズバリと聞かれた。
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