■感想など■

2009年08月24日

第17章「切り裂かれたココロ」

■■【6】■■
 少しだけしっとりと湿り気を含んだ空気は、濡れたアスファルトと共に、ほんの少し前まで小雨が降っていた事を示している。
 健司は、まだ小刻みに震え、しゃくりあげている桂を店から連れ出し、なるべく人通りの少ない道を選んで、彼女の歩調に会わせてゆっくりと……けれど出来るだけ急いで歩いた。
 顔を拭いて鼻をかんで、くしゃくしゃのぐちゃぐちゃになった彼のハンカチは、まだ桂の手に握られたままだ。
 彼が見下ろせばすぐそこに、濡れたように艶やかな黒髪がある。
 闇にまぎれるように綿シャツの前を両手で固く合わせ、背中を丸めながら身を隠すようにして身体を寄せてくる桂のぬくもりが、今の彼の胸にはひどく……痛かった。
 「レイプ」……という血も涙も無い冷酷非道な言葉が、腹の下に熱を生む。
 今度、亮と顔を合わせた時、まともでいられるか自信が無かった。
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2009年08月23日

第17章「切り裂かれたココロ」

■■【5】■■
 その後、亮は桂を空いている部屋に案内してソファに座らせ、自分はその隣に座り、反応を示さない彼女に色々話し掛けたり、手を握ったりしていた。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの桂の顔をハンカチで拭い、ティッシュで鼻を噛ませ、姿を消したと思ったら次には水の入ったコップとおしぼりと魔法のように手にしていた。
 “慰めているつもりなのだ”と桂が気付いた時、彼女はそのあまりにも皮肉な現実に、どうしようもなく可笑しくて涙が出た。
 世界中でただ一人、この世で一番女として見て欲しい相手からは全く女としては見てもらえず、自分の事を良く知りもしないどうでもいい男からは、こんな風に壊れ物に触れるように女として扱われている。

 ――なんという皮肉だろうか。

 8年来の、幼馴染みで親友で弟分な牧歌的微笑みのアイツは、こんな時でさえ記憶の中で微笑んでみせやがる。
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2009年08月22日

第17章「切り裂かれたココロ」

■■【4】■■
 どこからどう見ても高校生にしか見えない男達が、見ようによっては中学生にしか見えないような背格好の(胸だけは特盛だったけれど)女の子を連れ込めば、大抵の店は難色を示すものだけれど、亮が皆を連れて行ったカラオケボックスは、その辺の話が既に通っているのか、もしくは店員が彼の知り合いなのか、特に咎められる事も無く全員入る事が出来た。
 店内は、入店した7時半には既にもうほぼ満室で、桂達は5人と6人に別れ、店内の、随分と奥まった部屋に通された。
 通路を何度も曲がり、同じような部屋と同じような壁ばかり見ていると、まるで立体迷路にでも入り込んだ気分になる。
 これでは万が一にも火災が起きた際などに、避難がスムーズに行えるとは思えないけれど、こういう繁華街のビル店舗などは消防法をクリアしなければ開店出来ないはずだから、何らかの対策は立ててあるのだろう。
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2009年08月21日

第17章「切り裂かれたココロ」

■■【3】■■
 夏休み直前の繁華街を制服で歩けば、いくら人ごみにまぎれ目立たないようにしていても、それはかなり無理のある話だ。
 そのため、気休め程度ではあるものの“何もしないよりはいくらかマシ”……という認識の上で、水泳部の連中は持ち合わせていた学校指定のTシャツに着替え、桂と由香は駅前のモールで安い綿シャツを買って、揃って駅のトイレで着替えた。
 そして、カバンなどと一緒に駅のロッカーに突っ込む。
 もちろん桂と由香は、3〜4人で300円の大きいロッカーにまとめて押し込めている男子達とは、別のロッカーに入れた。ちょっと代金がもったいなかったけれど、それも当然と言えた。塩素と汗の匂いがたっぷりと濃密にこもる、彼らと同じロッカーにカバンを入れたりしたら、後でぜったいに後悔するだろうからだ。

「とりあえず、なんか食うか」
 準備が整い、一息ついたところで、そんな亮の一言をきっかけに駅前モスへと入った一同は、2階の比較的空いた一角に陣取り、合同練習後の空腹をそれぞれ適度に満たした。
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2009年08月20日

第17章「切り裂かれたココロ」

■■【2】■■
 程なくして玄関から男子生徒が現れた時、桂と由香は数分前と変わらぬ姿で、正面玄関前のタイル地の階段に2人して座り込んでいた。
 太陽は山影に隠れ、学校は校舎の一部にオレンジの光が当たっている他は、紫がかった蒼の中に沈んでいる。あと数十分もすれば夜の闇が訪れるだろう。
 それでも蒸し暑さはちっとも変わらず、桂と由香は、すっかり汗ばんでしまった肌に張りつくブラウスの鬱陶しさに、かなり辟易しかけていた。
「あ……」
 どやどやとした雑多な声の中から幼馴染みの声を聞き取ると、桂は御主人様を駅前で待ち続けた某忠犬のように慌てて立ち上がった。遅れて、ハンカチで鼻の頭を拭っていた由香も立ち上がり、パタパタとお尻についた砂を払う。
「…………ったく健司のヤツ……遅いよ……」
 本人はしかめつらしい顔をしているつもりなのかもしれないけれど、口元がむにむにと緩み、嬉しさが滲み出てしまっている。
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2009年08月19日

第17章「切り裂かれたココロ」

■■【1】■■
 翌日の終業式は、憎たらしいくらいのカラッとした晴天の中で終わり、桂は午後から、水泳部の他校との合同練習を由香と共に見学した。
 どうせ家に帰っても誰もいないし、やる事も無いのだ。昨日の夜に母から電話があり、今頃はきっとパリに着いているはずだ。声がちょっとくぐもってヘンに聞こえたけれど、母にそう言うとちょっと喉を痛めたとかで、父も一緒なのだから別段気にする必要も無さそうだった。『星人』を追う者達について聞いてみようかとも思ったけれど、聞くとますます不安になりそうだったので聞かない事にした。
「けーちゃんは、今をもっと楽しむといいわ。高校2年の夏休みは、たった一度しか無いんだし」
 母のそんな言葉に、つい寂しさが溢れて、ちょっと瞳が潤んでしまったのは誰にも秘密だ。
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